雲晴夏木の独り言

#人外と人間 の100日で100本掌編書くぞ企画その11。

Day.11. 白猫と踊る

 小さい頃、白猫が庭に棲みついたことがある。いつからか姿を見せなくなったけれど、青い瞳が綺麗な猫だった。名前はパール。野良と思えない白い毛並みから、母がそう呼んだのが始まりだった。
 なぜこんな昔話をしているかというと、今私は夢を見ているからだ。パールそっくりの猫……の頭を持った王子様が、恭しく私の前で膝をつき、ダンスに誘う夢。
「僕と踊ってくれますか、ミーナ」
 夢を見ている、と直感でわかった。広いダンスホールにいるのは誰も彼も猫頭だったし、シャンデリアがくすくす笑いながら私たちを見下ろしていたからだ。
 夢だとわかっていたけれど、気づけば私の口は「はい」とうなずいていて、体はパールの白い手を取っていた。
 音楽に合わせて踊りながら、パールが喉を鳴らして笑う。
「ミーナ、ミーナ。きみはまだ忘れてるんだねぇ」
「あら。あなたも私に思い出させようとするの、パール?」
「いいや? 僕は忘れていたままのほうがいいと思うよ。思い出せないってことは、思い出さないほうがいいってことなんだからね」
「そうでしょ? そうよねぇ。なのにレオは、思い出させようと必死な気がする」
「悪魔ってそういうものさ。それよりもほら、今は僕とのダンスに集中して。夜はまだ長いんだから!」
 音楽ががらりと変わる。パールは私をぎゅっと抱き寄せ、くるりくるりとしなやかに回る。私はパールの足を踏まないようにするのが精一杯で、音楽を楽しむ余裕もなかった。
伏せる
んぐ~~~~100日100本思わぬ方向に転がり出してきた~~~~別にこれ連作短編集だし何も起きない日常系だから思わぬ方向に転がってもどこかで戻せばいいんだけど思わぬ方向が……思わぬ方向でぇ! 扱えるのかこれ!?
#人外と人間 で100日かけて100本の掌編を書くソロ企画

Day.10 鋏は口を開かない

 祖母の遺品の一つに、裁縫箱がある。柵に引っかけて取れそうになったボタンを縫い付けるため久しぶりに蓋を開けたら、今まで気づきもしなかったものに気づいた。
 子供が見たら喜んで使いそうな、持ち手が赤い裁ち鋏だった。何の気なしに手に取り、刃を開こうとする。
 これが、開かない。鈍く光る刃は、まるで固く閉じた貝のように開かない。無理に開こうとすると、何と鋏は、手を跳ね返すようにぶるぶるっと震えた。
「切るのを拒む鋏なんて、存在する意味がないだろうに」
 背後から聞こえたのは、面白がるレオの声だった。
「ひどいこと言うのね」
 物言わぬ物とはいえ、そんなひどい言葉を投げかけなくてもいいだろうに。抗議を込めて軽く睨むと、レオは「事実だろう?」と肩をすくめた。
「切るのを怖がる鋏に、何の存在意義がある?」
「……怖いの?」
 まだ震えている鋏を撫でる。すると鋏はほんのわずかに、しゃきりと口を開いた。
 その瞬間、私の脳裏に()()の記憶が断片的に流れ込んだ。
 ――鋏で遊ぶ私、そのそばにいて見守るレオ。
 ――鋏でうっかり指を切る私。そして赤い血――
 私は思わず鋏を抱きしめた。
「もう大丈夫、私はもうそんな風に怪我なんかしないよ」
 鋏は震えを止め、しゃきん、と小さく音を立てた。まるで「ありがとう」と言うように。
 私は鋏を丁寧に箱へ戻しながら、それにしても、とレオを見やる
 どうしてもレオは、自分との記憶を思い出させたいらしい。鋏を片付ける私を見て、期待に目を爛々と光らせている。
 ――思い出させて、どうしたいんだろう。何を思いだしてほしいんだろう。
 尋ねもしないのだから、答えはない。私は何も考えないふりをして、ボタン付けに必要な道具を取り出した。伏せる
帰宅帰宅帰宅〜〜〜〜!!!! というか到着。さあこれからまた一足ありますわよ〜〜〜〜!
え〜ん布団が硬すぎる&枕がペラすぎるのコンボでほとんど寝れなかったよ〜ドラえも〜ん

えっこれで今日も仕事? マ???? 帰りの新幹線寝落ちしそう……怖……
ハァッ出張行くまでに2本掌編書き進めた! すごい!!!!
マジでそろそろ準備しなきゃ……。
100日100本掌編企画、今日の分と明日の分と明後日の分を一気に公開しました。なぜならば? なぜならば! 明日明後日出張だからです。やだ〜〜〜〜行きたくな〜〜〜〜い_(:3 」∠)_
#人外と人間 で100日かけて100本の掌編を書くソロ企画

Day.9 ひとくちの魔法


 母が「娘とクッキーを焼くのは母親の夢なのよ!」と言い張ったから、特別な日でも何でもないけれどクッキーを焼くことになった。難しいことは何もしない、簡単なレシピだった。
 けれど量は三人家族には多すぎるほどで、焼き上がったそれを母は「学校でお友達と食べなさいな」と小分けにしてくれた。私に友達はいないけれど、母が心配することをわざわざ言う必要もない。
 小分けにしてもまだ余るクッキーをお皿に盛り付け、紅茶と一緒にトレーへ載せて部屋へ持ち帰る。勉強のお供にしようと思ったからだ。
 部屋へ戻ると、珍しくレオが姿を現して私を待っていた。
「どうしたの、レオ」
「いや、なに、その……」
 これもまた珍しいことに、レオが言い淀んでいる。よく見れば、尻尾が揺れている。それはもう、ふおんふおんと音が聞こえそうなほどに。レオの感情がいかに乱れているかを表しているみたいだ。
「何かあったの?」
 私の問いに、レオは恥ずかしげに口元へ手をやると、ステッキを持っている手で私を指さした。正確には、私の持つトレーを。もっと詳しく言えば、その上のクッキーを。
「バターの香りが、懐かしくてね」
 一つもらえないだろうか、と小さな声がクッキーをねだる。断る理由は何もない。どうぞ、とトレーを差し出すと、レオはクッキーを一枚摘まんだ。そのまま口へ運び、さくりと音を立てる。
 レオの目元が和らぐ。心の底から嬉しそうな目だ。私はその目を見て、なぜだか懐かしさを感じた。
「きみたち人間は魔法を使えないのに、よくこんな美味しいものを作れるね」
「悪魔に美味しいと思ってもらえたなら、それはもう魔法かもしれないわね」
「違いない」
 微笑みながら「ごちそうさま」と言うレオに、なぜだか少しドキドキしてしまった。でもそれは気のせいだと思うことにする。だって悪魔に恋だなんて、平穏からあまりに遠いんだもの!
 私の気も知らず、レオは「やっぱりもう一枚……」と恥ずかしそうにおねだりをしていた。
伏せる
#人外と人間 で100日かけて100本の掌編を書くソロ企画

Day.8 聞こえない声


 昼日中。日傘を差してお遣いに出た帰り道のこと。私の足にぴったりついて歩く影が、私の声で話しかけてきた。
「ミーナ、聞いてミーナ」
 きょろきょろと辺りを見回す。幸い、私が独り言を言っても気にするような通行人は誰もいなかった。
「あなたが話しかけてくるなんて、初めてね」
「ええそうよ。だって影は話さないもの。そうでしょう?」
「それもそうね」
「だけどそうも言ってられないわ。あなた騙されてるんだもの!」
「私が? 誰に?」
「レオよ。あの悪魔によ!」
 思わず背後を振り向く。レオはいない。いつもそばにいるとはいえ、彼が姿を現す時間は驚くほど短い。今もどこにいるのやら。私は自分の影に、思わず「滅多なこと言わないで」と咎めた。
「レオは私を何度も助けてくれたわ」
「もちろんレオはあなたを助けるわ。だってレオはあなたを――」
「わたしが何だい、影のお嬢さん」
 レオの声が、背後から覆い被さるように聞こえた。振り向けばレオはにこやかな顔(ライオンの顔に『にこやか』なんて表現するのも不思議だけど)で私を通して私の影を見下ろしていた。
 レオに影はない。悪魔だもの。なのになぜか今は、レオに覆い被さられ影ができている気がする。
 震えるのは私か、影か、どっちなんだろう。
「レオ……レオ、何でもないのよ。影が話すなんて、ないもの」
「……きみが言うならそういうことにしておくよ、ミーナ」
 レオは肩をすくめ、私から一歩離れる。呼吸が小さく浅くなっていた私は、細く深く、息を吸い込んだ。
「影とのおしゃべりを楽しんでいたわけじゃないなら、急いだほうがいい。そろそろ雨が降る」
 空を見上げると、鉛色の雲が青を覆いつつあった。急ぎ足で家へ向かう。ちらりと後ろを振り返ると、レオはもう姿を消していた。
 ――あなた騙されてるんだもの!
 私の声でそう訴えた影の言葉を思い出す。
 私はレオとの何かを忘れている。
 私はレオに騙されている。
 不穏なピースがちりばめられていく。けれど私はそれらを拾わない。集めない。繋げない。だってそれは、平穏からほど遠いから。
 家に着いた途端、雷鳴と共に雨が降る。バケツをひっくり返したような、ひどい雨だ。
「忠告したのに、ひどい、ひどい……」
 すすり泣くように呟く影の声は、豪雨にかき消され聞こえなかった。
伏せる
#人外と人間 で100日かけて100本の掌編を書くソロ企画

Day.7 鍵


 しとしとと雨の降る日のこと。私は母から屋根裏の掃除を言いつけられた。そこには小さい私が遊んだおもちゃや、もう読まなくなった絵本がうずたかく積まれている。
 埃っぽいその部屋で、私は何冊ものスケッチブックを見つけた。誰のだろう、なんて考えるまでもない。この家には私以外に子供がいなかったから、私が書いたものだ。
 スケッチブックを一枚めくれば、絵日記と呼ぶには日付がない、けれど字を覚えたばかりの私が一生懸命その日の出来事が書かれていた。
『おじいちゃんにまほうのくすりをつくってもらった』
『おかあさんとクッキーをやいた』
『おとうさんがたこあげをしてくれた』
 内容はどれもとりとめのない、日常を記したものばかり。けれどある一ページで、日常は壊れた。
『レオとあそんだ』
 描かれているのは、拙いながらもライオンとわかる頭の紳士。これは鍵だ、と私は悟った。
 これは、記憶の鍵。私は何かを忘れてしまっている。このスケッチブックは、思い出すきっかけの一つだ。
 思い出す唯一の機会かも知れない。けれど私は、そっとスケッチブックを閉じた。
 思い出せば、平穏に戻れない気がした。
「何を見ていたんだい、ミーナ?」
 レオが私の背後から声をかける。いつもなら肩から覗き込むだろうに、今日はそれをしない。
 私は「何も」と首を振り、スケッチブックを『捨てるもの』に分類した。
 私は何かを忘れている。
 忘れているから、何も起こらない。
 私の周りでは、今日も何も起きなかった。
伏せる
#人外と人間 で100日かけて100本掌編書くぞしかしその実態は休日に何本か書いて平日書けない分を補ってるぞ企画

Day.6 約束の時間


 夢を見た。何もない、強いて表現するなら分厚い雲の中のような空間で、誰かが「夕方の五時だよ」と私に言う。男か女か判然しない、ぼんやりとした声だった。見回しても、相手の姿は見えない。私がどこへともなく「五時に何があるの?」と聞いても相手は答えず、「約束だからね」とだけ言った。そして私は目を覚ました。
 体を起こして固まる私に、レオが「どうしたんだい」と尋ねる。私が「変な夢を見たの」と夢の内容を話した。レオは「それは変な夢だったね」と微笑むだけだった。
 その日一日、私は時間が気になって仕方がなかった。あらゆる時計の針が進んでいくのを見つめずにいられない。授業にも集中できず、何度叱られたことか。
 授業を終え、家に帰っても時計が気になるのは変わらない。むしろひどくなった。何せ家にある時計が、一斉に狂いだしたのだから。
 同じ時間に合わせていた時計がてんでばらばらの時間を刻み始める。それに伴って、家の中の時間が進んだり、戻ったりし始める。私だけがその影響を受けないまま、立ち尽くした。
「れ、レオ……レオ、レオ!」
「何だい、ミーナ」
 姿を消していたレオが現れ、私のそばに立つ。私はレオに縋りつき、風をどうにかした時のように懇願した。
「助けて、これをどうにかして!」
「そうすると約束が果たせない。それでもいいんだね?」
 いいも何も、約束をした覚えはない。誰かとの約束なんて、もう何年もしていない。私が「約束を守れなくてもいいから、時計を戻して!」と叫ぶと、レオはパチリと指を鳴らした。
 途端に、時計たちは好き勝手に時を刻むのをやめた。家の中の時間が元に戻る。時計の針も、すべて父が合わせた通りになっていた。時計はもう、午後五時を過ぎていた。
 ――約束、守れなかった。
 ふとそんなことが頭を過った。けれど覚えていない約束よりも、私には今日の平穏が大事だった。
「何も起きてない、私の周りでは、今日も何も起きてない……」
 繰り返す私に、レオだけが優しく――どこかおかしそうに――微笑んでいた。
伏せる
#人外と人間 の100日100本掌編書くぞ企画

Day.5 ふたつの月


 夜、お祈りを終えて空を見上げると、月が二つ浮かんでいた。今まで気づかなかった。いつから月は二つになったんだろう。
 不思議に思う私の頭を読んだように、レオが言う。
「あれは願いの成れの果てさ。承認欲求の成れの果てとも言えるね。誰かに自分の存在を認めてほしい、見てほしいと願い続け、しかし叶わなかった願いが集まりああして月の形を成した」
「全然、気づかなかった」
「きみの祖父はああいったものも見えないようにしていたからね」
「守られていたのね、私」
「守られているよ、今も」
「そうね、レオがいるものね」
 風の噂を消してくれたことを思い出しながら、窓を開ける。部屋の暗がりに佇むレオへ、ねえ、と呼びかける。
「あの月に、私の声は届く?」
「届くと思うが、伝わるかはわからないよ」
「届くなら、少し話してみる」
 今度は夜空に向かって、ねえ、と話しかけた。
「一人は寂しいかもしれないけれど、慣れればそう悪くないと思うの。人に見られるのって大変よ。揚げ足を取る人だっているし、悪く言う人だっているし、それに――」
 私が話している間に、二つ目の月はぐんぐんこちらへ落ちてきた。そこには人の顔が浮かんでいて、私をぎろりと睨みつけている。
 月に浮かぶ顔の鼻先が私の鼻先にくっつきそうになった頃、月は一言こう言った。
「わかった風な口をきくな」
 そう言って、偽の月はまた夜空へ戻っていった。私は震える手で窓を閉め、そっとベッドへ戻った。レオが笑いを堪えている気配を感じたけれど、気にする余裕なんてなかった。
 それ以来、私は空に二つの月が見えても見ない振りをしている。そうしていれば、私の日々は平穏なまま。
 今日も私の周りでは、何も起こらない。
伏せる
100日かけて100本掌編は「人外×少女!!!!」の気持ちと「何か最近忙しいのと気力ゴリゴリ削られるのとで何もまともに書けてないな!?」の焦りから始めたんですけど書いてる間ずっと「これ面白いのか」「これ萌えるのか」「これマジで書きたいと思ってる!?」の気持ちがぐるぐるしてぐーるぐる。いやでもこれを乗り越えたら……「やったな自分!!!!」って自分を褒められる気がする。頑張るマン。
#人外と人間 の100日100本掌編書くぞ企画

Day.4 落とし物


 帰り道、懐中時計を拾った。随分古めかしく、そして動いていない時計だった。石畳の真ん中にころりと転がるそれは、うっかり誰かに蹴飛ばされてしまいそうだった。
 私が拾い上げた時計を見て、レオが言う。
「ああそれは、誰かの未練だね」
「そうなの?」
 私の肩から時計を覗き込み、レオは「そうさ」とうなずいた。
「この場所のその時刻に強い未練のある誰かが此処に来て、落としてしまったんだろう。きみは不思議なものを寄せる性質だから見えるし触れられるだけで、きっとほかの人間には見えもしないよ」
「そうなんだ……」
 真鍮の懐中時計は、その冷たさまではっきりと感じ取れる。なのにこれは誰かの未練が形を成したもので、物ではないらしい。
「これ、動かないのかな」
「未練を解消すれば動くかもしれないね」
「どうやって解消すればいいんだろう」
「さあ、本人がここにいないからね。わたしにはわからないよ」
「これ、私が持っててもいいかな」
「きみのお好きに、ミーナ」
 持ち帰った時計は、どれだけ螺子を回そうとしても動かない。学校帰りに毎日同じ道を通って落とし主を探してみるも、誰にも見えないものを落とした人だ、わかるわけがない。
「あ」
 ある夜、机の上に置いていた懐中時計がカチリと音を立てた。ベッドから起きて見に行くと、秒針の動き出した時計が雪のように消えていくところだった。
「レオ、時計が消えちゃう」
「いいことじゃないか。未練が消えたということさ」
「そっか。それもそうだね」
 消えゆく時計を見守り、未練が消えたことを祝う。「よかったね」と言祝ぐ私のそばでレオがぽつりと言った言葉を、私は聞き逃した。
「まあ本当は、いつまでもミーナがこんな時計にかかりきりなのもつまらないから、魂を奪ってやっただけだがね」
 レオの低い呟きは、私の耳には届かなかった。
 私の周りでは、今日も何も起こらなかった。
伏せる
スマート首輪で恋に落ちた瞬間もわかります!? 脈拍が上がってますとか言われちゃう!? 何それかわい! SFチックでいい!(所さん!事件ですよを見てる)
ファンシーラットの動画見てたら片方が片方に高速でちゅちゅちゅちゅちゅってちゅーしてて大変可愛かったです。
#人外と人間 の100日100本掌編書くぞ企画

Day.3 祈り

 朝起きて身支度をする前と、夜寝る前、私は祈る。祈る相手は神様の時もあるし、産まれる前に死んでしまった祖母の時もあるし、つい最近死んでしまった祖父の時もある。
 ――今日も明日も何も起きませんように。静かに一日を過ごせますように。
 私は平和を愛している。私は静けさを愛している。静かで平穏であれば、それ以上は何も望まない。友達も、家族も、望まない。
「きみはいつも熱心に祈るね、ミーナ」
 おかしそうに笑いを堪え、レオが言う。お祈りをやめて振り向くと、いつもの三つ揃いに身を包んだレオがおかしそうに肩を揺らしていた。
「そんなに平穏が好きかい?」
「だって、静かで平和なのが一番だもの」
「つまらないだろうに、そんな人生」
「つまらなくていいの。悲しんだり怒ったりするのは、醜いから」
 思い出すのはまだ祖父が生きていて、私も幼かった頃。友達になる子が皆憑かれたように私に執着し争う姿。私から離れれば執着していたことすら忘れたあの顔。そして噂される『大魔術師の孫』の呼称。
「静かな生活があればそれでいい。私は静かに、穏やかに、誰も傷つけず傷つけられず過ごしたいから」
 そう言ってまた熱心に祈る私を見て、レオは楽しそう目を細めていた。
伏せる
めちゃくちゃグロくて不穏で嫌な夢を見て、しばらく平山夢明作品は控えようと思いました。まる。(作文)
#人外と人間 の100日100本掌編書くぞ企画

Day.2 風の噂


 祖父が死んで、分厚い本を受け取って、私のそばでは獅子頭の異形の紳士が控えるようになった。といっても四六時中見えるわけではなく、とってもプライベートな時間なんかはどれだけ見回しても姿は見えない。気遣いができるところも、とっても紳士的。
 祖父は私を人でないものから守ってくれていたらしい。それは本当のようで、祖父が死んで以来、様々なものに悩まされている。

 今一番の困りごとは、風だ。
 学校へ向かう道すがら、そばでつむじ風が起きたかと思えば、ひそひそくすくす笑い声が聞こえる。
「悪魔が目覚めちゃったねぇ」
「いつもあの子を見てたもんねぇ」
「あの子のおじいちゃんは死んじゃったねぇ」
「これからはいろんなやつらがあの子をほしがるねぇ」
 耳元で聞こえる内緒話がうるさくて、私は「レオ」と呟く。するとそばでパチリと指を鳴らす音がして、きゃあともひゃあともつかない叫び声が遠ざかっていく。もちろん、つむじ風も消えてしまう。

 昼間、食堂でお弁当を食べているとき。窓から吹き込んだ風が私のそばを通り抜け、ひそひそくすくす笑い出す。
「ミーナはひとりぼっちだねぇ」
「ミーナはあの大魔術師の孫だもんねぇ」
「近寄れないよねぇ」
「呪われちゃいそうだもんねぇ」
 食事の手を止め、レオ、と絞り出すように呟く。すぐそばで、ぱちんと音が聞こえた。わあともぎゃあともつかない声が、遠ざかっていった。

 こんなことを三日ほど耐えてみたけれど、夜眠るとき、窓の外で渦を巻く風が潜めた声で噂話を持ってくるのにはほとほと参ってしまった。
「ずっと親友だよなんて言ってたあの子、今じゃすっかりミーナを忘れてほかの子と仲良くしてるねぇ」
「ミーナのそばにいると、また自分が自分じゃなくなっちゃうからしょうがないねぇ」
「ほかの子にいろいろ言いふらしたのもあの子だよねぇ」
「ミーナのこと――」
 それ以上聞きたくなくて、ベッドに潜ったまま「レオ」と呼ぶ。「どうしたんだい」と穏やかな声が尋ねる。私は毛布から顔を出し、レオに初めてのお願いをした。
「風が私のそばで話さないようにして」
「仰せのままに、ミーナ」
 レオはそう言うと、ステッキで床をどんと突いた。すると外で唸り声を上げていた風が、ひぃと息の詰まるような声を残して遠ざかっていった。あとに残ったのは、夜の静寂だけ。
「ありがとう、レオ」
「この程度、お安い御用だとも」
 おやすみ、とレオが手袋をはめた手で私の頬を撫でる。撫でられたと思った瞬間には瞼が落ち、次の瞬間には深い眠りに落ちていた。

 目を覚まし、身支度を調える。朝食を食べ、学校に向かう。もう私のそばでつむじ風が舞うことはない。
 学校へ着き、自分の席に座っていても、食堂で一人ご飯を食べていても、もう風が私のそばで笑うことはない。
 帰宅し、夜になり、ベッドに入っても、窓の外で風が私に噂話を聞かせることはない。
 私の周りは、今日も静かだ。
伏せる
#人外と人間 で『100日かけて100本の掌編を書く』をやります。

Day.1 祖父の葬儀


 春のことだ。祖父が死んだ。何の不幸も絡まない、天寿を全うしての大往生だった。大好きな祖父が死んだのに涙が出なかったのは、祖父が眠るように穏やかな顔をしていたからかもしれない。もしくは、たくさんの秘密を持っていた人だったから、生き返るような気がしたせいかも。
 葬儀を終えると、父が私に一冊の分厚い本を差し出した。
「遺言で、死んだらお前に渡すように言われていたんだ」
 そう言う父の目はてんでバラバラな方向を向いていて様子がおかしかったけれど、葬儀の手配で疲れていたのかもしれない。私が本を受け取った後、操り人形のような動きで私の前から去って行ったけれど、あれもきっと、疲れているせい。
 本を受け取った私は自室に戻り、ベッドに腰掛けて表紙をまじまじと眺めた。不思議な模様がたくさん描かれている。けれど表題らしき字は読めない。いったい、何の本だろう。
 表紙をめくった瞬間、本から強い風が吹き出した。顔を襲う突風に思わず目を閉じる。風が止み、恐る恐る目を開ける。
 そこには、獅子の頭を持つ異形の紳士が立っていた。紳士だと断定できるのは、その異形が三つ揃いとステッキを持っていたせい。
「やあ、ミーナ。魔道書を受け取ってくれてありがとう。これからはきみの祖父・ヴィルヘルムに代わって、わたしがきみを守るよ」
 異形の紳士は恭しく腰を曲げ、私の手を取る。普通だったら叫び声を上げてしまう姿なのに、なぜだか私は彼が怖くなかった。手を取られたまま、私は異形の紳士に尋ねる。
「おじいさまは、何から私を守ってくれていたの?」
「人間ではないものからさ。きみは人外の者に好かれてしまう性質だからね」
「あなたのような?」
「そう、わたしのような」
 白い手袋をした手をパチリと鳴らし、紳士は花を取り出した。真っ赤で小さな花だった。紳士は私の髪に花を挿した。
「わたしはいつでもきみのそばにいる。困ったことがあれば『レオ』と呼んでおくれ。大丈夫、きみ以外に姿は見えないから」
 そう言って、どうやら『レオ』という名らしい紳士は獅子の顔で微笑んだ。夢でも見てるみたい。でも頬を抓れば痛いし、髪に挿された花に触れればしっとりとした感触がある。
「私以外には見えないの?」
「きみ以外に私を感知する者はいないよ」
「そう、じゃあ……」
 花に触れ、私は確かめるようにぽつりと呟いた。
「私の周りは、静かなままね」
 獅子の頭を持つ紳士は、蕩けそうなほど目を細めてうなずいていた。
伏せる