雲晴夏木の独り言

#人外と人間 で100日かけて100本の掌編を書くソロ企画

Day.7 鍵


 しとしとと雨の降る日のこと。私は母から屋根裏の掃除を言いつけられた。そこには小さい私が遊んだおもちゃや、もう読まなくなった絵本がうずたかく積まれている。
 埃っぽいその部屋で、私は何冊ものスケッチブックを見つけた。誰のだろう、なんて考えるまでもない。この家には私以外に子供がいなかったから、私が書いたものだ。
 スケッチブックを一枚めくれば、絵日記と呼ぶには日付がない、けれど字を覚えたばかりの私が一生懸命その日の出来事が書かれていた。
『おじいちゃんにまほうのくすりをつくってもらった』
『おかあさんとクッキーをやいた』
『おとうさんがたこあげをしてくれた』
 内容はどれもとりとめのない、日常を記したものばかり。けれどある一ページで、日常は壊れた。
『レオとあそんだ』
 描かれているのは、拙いながらもライオンとわかる頭の紳士。これは鍵だ、と私は悟った。
 これは、記憶の鍵。私は何かを忘れてしまっている。このスケッチブックは、思い出すきっかけの一つだ。
 思い出す唯一の機会かも知れない。けれど私は、そっとスケッチブックを閉じた。
 思い出せば、平穏に戻れない気がした。
「何を見ていたんだい、ミーナ?」
 レオが私の背後から声をかける。いつもなら肩から覗き込むだろうに、今日はそれをしない。
 私は「何も」と首を振り、スケッチブックを『捨てるもの』に分類した。
 私は何かを忘れている。
 忘れているから、何も起こらない。
 私の周りでは、今日も何も起きなかった。
伏せる