雲晴夏木の独り言

#人外と人間 で100日かけて100本の掌編を書くソロ企画

Day.8 聞こえない声


 昼日中。日傘を差してお遣いに出た帰り道のこと。私の足にぴったりついて歩く影が、私の声で話しかけてきた。
「ミーナ、聞いてミーナ」
 きょろきょろと辺りを見回す。幸い、私が独り言を言っても気にするような通行人は誰もいなかった。
「あなたが話しかけてくるなんて、初めてね」
「ええそうよ。だって影は話さないもの。そうでしょう?」
「それもそうね」
「だけどそうも言ってられないわ。あなた騙されてるんだもの!」
「私が? 誰に?」
「レオよ。あの悪魔によ!」
 思わず背後を振り向く。レオはいない。いつもそばにいるとはいえ、彼が姿を現す時間は驚くほど短い。今もどこにいるのやら。私は自分の影に、思わず「滅多なこと言わないで」と咎めた。
「レオは私を何度も助けてくれたわ」
「もちろんレオはあなたを助けるわ。だってレオはあなたを――」
「わたしが何だい、影のお嬢さん」
 レオの声が、背後から覆い被さるように聞こえた。振り向けばレオはにこやかな顔(ライオンの顔に『にこやか』なんて表現するのも不思議だけど)で私を通して私の影を見下ろしていた。
 レオに影はない。悪魔だもの。なのになぜか今は、レオに覆い被さられ影ができている気がする。
 震えるのは私か、影か、どっちなんだろう。
「レオ……レオ、何でもないのよ。影が話すなんて、ないもの」
「……きみが言うならそういうことにしておくよ、ミーナ」
 レオは肩をすくめ、私から一歩離れる。呼吸が小さく浅くなっていた私は、細く深く、息を吸い込んだ。
「影とのおしゃべりを楽しんでいたわけじゃないなら、急いだほうがいい。そろそろ雨が降る」
 空を見上げると、鉛色の雲が青を覆いつつあった。急ぎ足で家へ向かう。ちらりと後ろを振り返ると、レオはもう姿を消していた。
 ――あなた騙されてるんだもの!
 私の声でそう訴えた影の言葉を思い出す。
 私はレオとの何かを忘れている。
 私はレオに騙されている。
 不穏なピースがちりばめられていく。けれど私はそれらを拾わない。集めない。繋げない。だってそれは、平穏からほど遠いから。
 家に着いた途端、雷鳴と共に雨が降る。バケツをひっくり返したような、ひどい雨だ。
「忠告したのに、ひどい、ひどい……」
 すすり泣くように呟く影の声は、豪雨にかき消され聞こえなかった。
伏せる