雲晴夏木の独り言

#人外と人間 の100日100本掌編書くぞ企画

Day.4 落とし物


 帰り道、懐中時計を拾った。随分古めかしく、そして動いていない時計だった。石畳の真ん中にころりと転がるそれは、うっかり誰かに蹴飛ばされてしまいそうだった。
 私が拾い上げた時計を見て、レオが言う。
「ああそれは、誰かの未練だね」
「そうなの?」
 私の肩から時計を覗き込み、レオは「そうさ」とうなずいた。
「この場所のその時刻に強い未練のある誰かが此処に来て、落としてしまったんだろう。きみは不思議なものを寄せる性質だから見えるし触れられるだけで、きっとほかの人間には見えもしないよ」
「そうなんだ……」
 真鍮の懐中時計は、その冷たさまではっきりと感じ取れる。なのにこれは誰かの未練が形を成したもので、物ではないらしい。
「これ、動かないのかな」
「未練を解消すれば動くかもしれないね」
「どうやって解消すればいいんだろう」
「さあ、本人がここにいないからね。わたしにはわからないよ」
「これ、私が持っててもいいかな」
「きみのお好きに、ミーナ」
 持ち帰った時計は、どれだけ螺子を回そうとしても動かない。学校帰りに毎日同じ道を通って落とし主を探してみるも、誰にも見えないものを落とした人だ、わかるわけがない。
「あ」
 ある夜、机の上に置いていた懐中時計がカチリと音を立てた。ベッドから起きて見に行くと、秒針の動き出した時計が雪のように消えていくところだった。
「レオ、時計が消えちゃう」
「いいことじゃないか。未練が消えたということさ」
「そっか。それもそうだね」
 消えゆく時計を見守り、未練が消えたことを祝う。「よかったね」と言祝ぐ私のそばでレオがぽつりと言った言葉を、私は聞き逃した。
「まあ本当は、いつまでもミーナがこんな時計にかかりきりなのもつまらないから、魂を奪ってやっただけだがね」
 レオの低い呟きは、私の耳には届かなかった。
 私の周りでは、今日も何も起こらなかった。
伏せる