雲晴夏木の独り言

#人外と人間 で『100日かけて100本の掌編を書く』をやります。

Day.1 祖父の葬儀


 春のことだ。祖父が死んだ。何の不幸も絡まない、天寿を全うしての大往生だった。大好きな祖父が死んだのに涙が出なかったのは、祖父が眠るように穏やかな顔をしていたからかもしれない。もしくは、たくさんの秘密を持っていた人だったから、生き返るような気がしたせいかも。
 葬儀を終えると、父が私に一冊の分厚い本を差し出した。
「遺言で、死んだらお前に渡すように言われていたんだ」
 そう言う父の目はてんでバラバラな方向を向いていて様子がおかしかったけれど、葬儀の手配で疲れていたのかもしれない。私が本を受け取った後、操り人形のような動きで私の前から去って行ったけれど、あれもきっと、疲れているせい。
 本を受け取った私は自室に戻り、ベッドに腰掛けて表紙をまじまじと眺めた。不思議な模様がたくさん描かれている。けれど表題らしき字は読めない。いったい、何の本だろう。
 表紙をめくった瞬間、本から強い風が吹き出した。顔を襲う突風に思わず目を閉じる。風が止み、恐る恐る目を開ける。
 そこには、獅子の頭を持つ異形の紳士が立っていた。紳士だと断定できるのは、その異形が三つ揃いとステッキを持っていたせい。
「やあ、ミーナ。魔道書を受け取ってくれてありがとう。これからはきみの祖父・ヴィルヘルムに代わって、わたしがきみを守るよ」
 異形の紳士は恭しく腰を曲げ、私の手を取る。普通だったら叫び声を上げてしまう姿なのに、なぜだか私は彼が怖くなかった。手を取られたまま、私は異形の紳士に尋ねる。
「おじいさまは、何から私を守ってくれていたの?」
「人間ではないものからさ。きみは人外の者に好かれてしまう性質だからね」
「あなたのような?」
「そう、わたしのような」
 白い手袋をした手をパチリと鳴らし、紳士は花を取り出した。真っ赤で小さな花だった。紳士は私の髪に花を挿した。
「わたしはいつでもきみのそばにいる。困ったことがあれば『レオ』と呼んでおくれ。大丈夫、きみ以外に姿は見えないから」
 そう言って、どうやら『レオ』という名らしい紳士は獅子の顔で微笑んだ。夢でも見てるみたい。でも頬を抓れば痛いし、髪に挿された花に触れればしっとりとした感触がある。
「私以外には見えないの?」
「きみ以外に私を感知する者はいないよ」
「そう、じゃあ……」
 花に触れ、私は確かめるようにぽつりと呟いた。
「私の周りは、静かなままね」
 獅子の頭を持つ紳士は、蕩けそうなほど目を細めてうなずいていた。
伏せる