雲晴夏木の独り言

#人外と人間 で100日かけて100本の掌編を書くソロ企画

Day.9 ひとくちの魔法


 母が「娘とクッキーを焼くのは母親の夢なのよ!」と言い張ったから、特別な日でも何でもないけれどクッキーを焼くことになった。難しいことは何もしない、簡単なレシピだった。
 けれど量は三人家族には多すぎるほどで、焼き上がったそれを母は「学校でお友達と食べなさいな」と小分けにしてくれた。私に友達はいないけれど、母が心配することをわざわざ言う必要もない。
 小分けにしてもまだ余るクッキーをお皿に盛り付け、紅茶と一緒にトレーへ載せて部屋へ持ち帰る。勉強のお供にしようと思ったからだ。
 部屋へ戻ると、珍しくレオが姿を現して私を待っていた。
「どうしたの、レオ」
「いや、なに、その……」
 これもまた珍しいことに、レオが言い淀んでいる。よく見れば、尻尾が揺れている。それはもう、ふおんふおんと音が聞こえそうなほどに。レオの感情がいかに乱れているかを表しているみたいだ。
「何かあったの?」
 私の問いに、レオは恥ずかしげに口元へ手をやると、ステッキを持っている手で私を指さした。正確には、私の持つトレーを。もっと詳しく言えば、その上のクッキーを。
「バターの香りが、懐かしくてね」
 一つもらえないだろうか、と小さな声がクッキーをねだる。断る理由は何もない。どうぞ、とトレーを差し出すと、レオはクッキーを一枚摘まんだ。そのまま口へ運び、さくりと音を立てる。
 レオの目元が和らぐ。心の底から嬉しそうな目だ。私はその目を見て、なぜだか懐かしさを感じた。
「きみたち人間は魔法を使えないのに、よくこんな美味しいものを作れるね」
「悪魔に美味しいと思ってもらえたなら、それはもう魔法かもしれないわね」
「違いない」
 微笑みながら「ごちそうさま」と言うレオに、なぜだか少しドキドキしてしまった。でもそれは気のせいだと思うことにする。だって悪魔に恋だなんて、平穏からあまりに遠いんだもの!
 私の気も知らず、レオは「やっぱりもう一枚……」と恥ずかしそうにおねだりをしていた。
伏せる