雲晴夏木の独り言

#人外と人間 で100日かけて100本の掌編を書くソロ企画

Day.10 鋏は口を開かない

 祖母の遺品の一つに、裁縫箱がある。柵に引っかけて取れそうになったボタンを縫い付けるため久しぶりに蓋を開けたら、今まで気づきもしなかったものに気づいた。
 子供が見たら喜んで使いそうな、持ち手が赤い裁ち鋏だった。何の気なしに手に取り、刃を開こうとする。
 これが、開かない。鈍く光る刃は、まるで固く閉じた貝のように開かない。無理に開こうとすると、何と鋏は、手を跳ね返すようにぶるぶるっと震えた。
「切るのを拒む鋏なんて、存在する意味がないだろうに」
 背後から聞こえたのは、面白がるレオの声だった。
「ひどいこと言うのね」
 物言わぬ物とはいえ、そんなひどい言葉を投げかけなくてもいいだろうに。抗議を込めて軽く睨むと、レオは「事実だろう?」と肩をすくめた。
「切るのを怖がる鋏に、何の存在意義がある?」
「……怖いの?」
 まだ震えている鋏を撫でる。すると鋏はほんのわずかに、しゃきりと口を開いた。
 その瞬間、私の脳裏に()()の記憶が断片的に流れ込んだ。
 ――鋏で遊ぶ私、そのそばにいて見守るレオ。
 ――鋏でうっかり指を切る私。そして赤い血――
 私は思わず鋏を抱きしめた。
「もう大丈夫、私はもうそんな風に怪我なんかしないよ」
 鋏は震えを止め、しゃきん、と小さく音を立てた。まるで「ありがとう」と言うように。
 私は鋏を丁寧に箱へ戻しながら、それにしても、とレオを見やる
 どうしてもレオは、自分との記憶を思い出させたいらしい。鋏を片付ける私を見て、期待に目を爛々と光らせている。
 ――思い出させて、どうしたいんだろう。何を思いだしてほしいんだろう。
 尋ねもしないのだから、答えはない。私は何も考えないふりをして、ボタン付けに必要な道具を取り出した。伏せる