#人外と人間 の100日100本掌編書くぞ企画 Day.2 風の噂 伏せ 祖父が死んで、分厚い本を受け取って、私のそばでは獅子頭の異形の紳士が控えるようになった。といっても四六時中見えるわけではなく、とってもプライベートな時間なんかはどれだけ見回しても姿は見えない。気遣いができるところも、とっても紳士的。 祖父は私を人でないものから守ってくれていたらしい。それは本当のようで、祖父が死んで以来、様々なものに悩まされている。 今一番の困りごとは、風だ。 学校へ向かう道すがら、そばでつむじ風が起きたかと思えば、ひそひそくすくす笑い声が聞こえる。 「悪魔が目覚めちゃったねぇ」 「いつもあの子を見てたもんねぇ」 「あの子のおじいちゃんは死んじゃったねぇ」 「これからはいろんなやつらがあの子をほしがるねぇ」 耳元で聞こえる内緒話がうるさくて、私は「レオ」と呟く。するとそばでパチリと指を鳴らす音がして、きゃあともひゃあともつかない叫び声が遠ざかっていく。もちろん、つむじ風も消えてしまう。 昼間、食堂でお弁当を食べているとき。窓から吹き込んだ風が私のそばを通り抜け、ひそひそくすくす笑い出す。 「ミーナはひとりぼっちだねぇ」 「ミーナはあの大魔術師の孫だもんねぇ」 「近寄れないよねぇ」 「呪われちゃいそうだもんねぇ」 食事の手を止め、レオ、と絞り出すように呟く。すぐそばで、ぱちんと音が聞こえた。わあともぎゃあともつかない声が、遠ざかっていった。 こんなことを三日ほど耐えてみたけれど、夜眠るとき、窓の外で渦を巻く風が潜めた声で噂話を持ってくるのにはほとほと参ってしまった。 「ずっと親友だよなんて言ってたあの子、今じゃすっかりミーナを忘れてほかの子と仲良くしてるねぇ」 「ミーナのそばにいると、また自分が自分じゃなくなっちゃうからしょうがないねぇ」 「ほかの子にいろいろ言いふらしたのもあの子だよねぇ」 「ミーナのこと――」 それ以上聞きたくなくて、ベッドに潜ったまま「レオ」と呼ぶ。「どうしたんだい」と穏やかな声が尋ねる。私は毛布から顔を出し、レオに初めてのお願いをした。 「風が私のそばで話さないようにして」 「仰せのままに、ミーナ」 レオはそう言うと、ステッキで床をどんと突いた。すると外で唸り声を上げていた風が、ひぃと息の詰まるような声を残して遠ざかっていった。あとに残ったのは、夜の静寂だけ。 「ありがとう、レオ」 「この程度、お安い御用だとも」 おやすみ、とレオが手袋をはめた手で私の頬を撫でる。撫でられたと思った瞬間には瞼が落ち、次の瞬間には深い眠りに落ちていた。 目を覚まし、身支度を調える。朝食を食べ、学校に向かう。もう私のそばでつむじ風が舞うことはない。 学校へ着き、自分の席に座っていても、食堂で一人ご飯を食べていても、もう風が私のそばで笑うことはない。 帰宅し、夜になり、ベッドに入っても、窓の外で風が私に噂話を聞かせることはない。 私の周りは、今日も静かだ。 伏せる 短い話 2025/05/08(Thu)19:28:19
Day.2 風の噂
祖父が死んで、分厚い本を受け取って、私のそばでは獅子頭の異形の紳士が控えるようになった。といっても四六時中見えるわけではなく、とってもプライベートな時間なんかはどれだけ見回しても姿は見えない。気遣いができるところも、とっても紳士的。
祖父は私を人でないものから守ってくれていたらしい。それは本当のようで、祖父が死んで以来、様々なものに悩まされている。
今一番の困りごとは、風だ。
学校へ向かう道すがら、そばでつむじ風が起きたかと思えば、ひそひそくすくす笑い声が聞こえる。
「悪魔が目覚めちゃったねぇ」
「いつもあの子を見てたもんねぇ」
「あの子のおじいちゃんは死んじゃったねぇ」
「これからはいろんなやつらがあの子をほしがるねぇ」
耳元で聞こえる内緒話がうるさくて、私は「レオ」と呟く。するとそばでパチリと指を鳴らす音がして、きゃあともひゃあともつかない叫び声が遠ざかっていく。もちろん、つむじ風も消えてしまう。
昼間、食堂でお弁当を食べているとき。窓から吹き込んだ風が私のそばを通り抜け、ひそひそくすくす笑い出す。
「ミーナはひとりぼっちだねぇ」
「ミーナはあの大魔術師の孫だもんねぇ」
「近寄れないよねぇ」
「呪われちゃいそうだもんねぇ」
食事の手を止め、レオ、と絞り出すように呟く。すぐそばで、ぱちんと音が聞こえた。わあともぎゃあともつかない声が、遠ざかっていった。
こんなことを三日ほど耐えてみたけれど、夜眠るとき、窓の外で渦を巻く風が潜めた声で噂話を持ってくるのにはほとほと参ってしまった。
「ずっと親友だよなんて言ってたあの子、今じゃすっかりミーナを忘れてほかの子と仲良くしてるねぇ」
「ミーナのそばにいると、また自分が自分じゃなくなっちゃうからしょうがないねぇ」
「ほかの子にいろいろ言いふらしたのもあの子だよねぇ」
「ミーナのこと――」
それ以上聞きたくなくて、ベッドに潜ったまま「レオ」と呼ぶ。「どうしたんだい」と穏やかな声が尋ねる。私は毛布から顔を出し、レオに初めてのお願いをした。
「風が私のそばで話さないようにして」
「仰せのままに、ミーナ」
レオはそう言うと、ステッキで床をどんと突いた。すると外で唸り声を上げていた風が、ひぃと息の詰まるような声を残して遠ざかっていった。あとに残ったのは、夜の静寂だけ。
「ありがとう、レオ」
「この程度、お安い御用だとも」
おやすみ、とレオが手袋をはめた手で私の頬を撫でる。撫でられたと思った瞬間には瞼が落ち、次の瞬間には深い眠りに落ちていた。
目を覚まし、身支度を調える。朝食を食べ、学校に向かう。もう私のそばでつむじ風が舞うことはない。
学校へ着き、自分の席に座っていても、食堂で一人ご飯を食べていても、もう風が私のそばで笑うことはない。
帰宅し、夜になり、ベッドに入っても、窓の外で風が私に噂話を聞かせることはない。
私の周りは、今日も静かだ。
伏せる