雲晴夏木の独り言

溜池の怪
語り部があなたに語るだけの掌編 #ホラー
 あなたはとある地域――仮に、××としよう。××へやってきたあなたは、目的地に行くために溜池のそばを通らねばならない。私は親切心から、あなたに忠告してあげようと思う。
 溜池の近くを通るとき、あなたは決して、池を見てはならない。必ず、眼を逸らして歩くように。
 けれど、ただ眼を逸らせばいいわけでもない。
 わざとらしく顔を逸らしてもいけないし、急ぎ足で通り過ぎてもいけない。冷静を装って、池なんか気にならないようなふりをして、歩きすぎなければ行けない。
 そうやって無関心を装っていても、池にいる《《あれ》》はきっと、あなたにアプローチをかけてくる。
 視界の端で何かが動くのを、あなたは捉えるだろう。
 子供が「あっ」と声を上げるのを聞くだろう。
 どぼん、と何かが落ちる音を聞くだろう。
 しかしそれでも、あなたは振り向いてはいけない。
 溜池を見てはいけない。
 あなたは聞こえなかったふりをして、見えなかったふりをして、歩き去らなくてはいけない。驚いて振り向いたり、恐怖に走りだしてはいけない。
 言うことを聞かなければ、どうなるのか? さて、どうなるのやら。
 それを知っている者は皆、あの池で次の獲物を待っている。伏せる
人間は何で生まれるの?

「めっちゃ病んだこと聞くんですけど、人間て何で生まれてくるんすかね?」
「誰かを最後の一人にしないためだよ」
「ふーん。じゃあ私たちって、人間を看取るために造られたんすね」
「そうなるね」
「私たちは?」
「え?」
「壊れた私たちは誰が看取ってくれるんすか?」
「……誰だろうね」
「先輩、明後日の方向見ないでくださいよ。先輩、先輩ってばー!」

#会話劇
【好きな単位】

「好きな単位ってなにー?」
「単位? えっ、単位?」
「単位」
「えっ……と、トン?」
「あー、いいねぇ」
「そっちは?」
「ガロン」
「がろん……」

#会話劇
【殺し屋モリーとジョン・ドウ】
ジョンからモリーへバレンタイン。

「モリー、モリー、モリー! バレンタインって知ってる? 知らない? そうだよねモリーは殺し屋だもんね。バレンタインなんて浮ついたイベントなんか知らないよねっ。でもねバレンタインって発情期の男女が浮かれてイチャつくだけのイベントじゃないんだって。相手への感謝とか、思いやりとか、そういうのを伝える日でもあるみたい! 思ったんだけどね、おれが『あれ』とか『おい』から『ジョン』になれたのはモリーのお陰でしょ? おれ、そのことにすごく感謝してるんだ。モリーがおれを拾ってくれて、おれをコックにしてくれて、おれに寝床を与えてくれて、おれにご飯を食べる自由を与えてくれて、おれに名前をつけてくれて……数えたらキリがないくらい、おれ、いろんなものをモリーからもらってる。だからね、感謝を伝えたいんだ。洗濯場のおばさんたちに教わって作ったチョコ、受け取ってくれる?」
「いらん」
「んもう素っ気ないんだから!」伏せる
【愚かな宇宙人と緊急デイト】
ゆる天文学ラジオ第22回 を聞いてからぼんやり考えてたらものの全然進まない話の冒頭会話。#人外と人間 の話になるかもしれないしならないかもしれない。

「ラジオで聴いた話なんですけど」
「うんうん」
「地球に来る宇宙人って愚からしいですよ」
「え〜、何でぇ?」
「超長距離を乗り越えて来るほどの資源がないし、繁殖相手にもなり得ないからです」
「へぇ〜」
「だから地球に来る宇宙人は、どんな科学力を持っていようと等しく愚かなんですって」
「じゃあさぁ、今あそこに浮いてるUFOの宇宙人も愚かってこと?」
「そういうことになります」
『わたしは宇宙人です。そこにいる黒髪のお嬢さん、わたしとデートしないと地球を滅ぼします』
「輪にかけて愚かな宇宙人来ちゃいましたね」伏せる
校正も誤字脱字チェックもまだだけど「書けた!!!!」したいので書き立てほやほやSFをここに投げます。
考えて、シャルル
少年型アンドロイドが女の子を見送りそれを受け入れられない話です。That's いつもの。
更新予告してた #人外と人間 の話が一先ず書き終えたのでざざざーっと誤字脱字チェックしたやつをここに公開しておきます。
沼神と性悪生贄 (ここからしか繋いでないもう一個のてがろぐに飛びます)
書き終わって嬉しいからエイヤッしちゃうけどもうちょい直すかもしれない。語彙の貧困さが……いつもなんだけど……いつもなんだけどぉ……!
直したら『影の店長』と一緒に小説一覧に載せます♡ 楽しみにしててね♡

追記:サイトに上げたのでそっちに繋げました♡
【影の店長】
顔の見えない店長にほんのり片想いしてた女子大生の #人外と人間 な話。

 大学に進学し、一人暮らしを始めた。生活費を賄うため、私はバーで働いている。明かりは極限まで絞った古めかしいランプのみの、一見してアングラ感漂うバーだ。けれど実体は全く違う。静かで落ち着いていて、なのにいつも楽しげな空気の店だ。
 真っ暗に等しいこの店は、私が働き出した頃からいつも満席だった。客は誰も彼も皆、風変わりなひとばかり。
 牛ほどもありそうな巨躯の客は、いつもボックス席を申し訳なさそうに占拠している。
 親指ほどの大きさしかない客は、カウンターの真ん中で誇らしげにグラスを揺らす。
 氷のように冷たい手の客は、度数の高いカクテルで喉を焼いては「これが熱いというものか」と楽しげだ。
 背中に棘を生やした客もいる。顔まで毛皮で覆われた客もいる。猫撫で声の上手な、三日月のような目を持つ客もいる。
 ほかにもたくさん、いろんな客がいる。その誰も彼もが、人ではなさそうな怪しい客ばかりだ。
 私はそれを気にしない。人じゃないものを相手にしているほうが気楽でいいからだ。接客業なのにバイトができているのは、客層のお陰。それと、店長の優しさも忘れちゃいけない。
 ボックス席で盛り上がる客たちへ給仕する私に、カウンターから優しい声がかけられる。
「深見さん、休憩行っておいで」
「ありがとうございます」
 カウンター越しの優しいテノールは、店長の声だ。給仕以外のすべては、店長が立つカウンターの向こうで行われる。しかしこの店の暗さはどこもかしこも平等だ。
 手元も怪しい暗さで、店長は客の注文を聞き望むとおりのカクテルを提供する。面接で通された休憩室兼倉庫も暗かったなと思い出す。
 暗がりのせいで、店長の顔はよく見えなかった。働き出した今も、店長の顔をはっきり見たことはない。それでも佇まいから、物憂げな空気は感じ取れた。穏やかな言葉遣いから、ちょっとネガティブな性格なのもわかった。根暗な私には、そのくらいの上司がちょうどいい。
 そんな店長相手でも、面接のときは緊張した。人付き合いが苦手で、少しでも変わりたくて、目立たない場所に貼られたこのバーのチラシを見つけた。けれど店までの道のりを歩いて、自分の場違いさに震え上がった。
 落ちるつもりで面接を受ける私に、店長は思いがけず優しい言葉をかけてくれた。
「苦手なものを克服しようとするきみを、笑うひとはうちに来ないよ」
 打ちひしがれうつむいていた私は、店長の言葉に顔を上げた。顔を上げても、明かりがほとんどない倉庫では顔が見えない。それでも、店長が微笑んでいるのはわかった。
「うちの客相手に練習してごらん。顔を見なくていいから、昼間に人と話すよりは緊張しないはずだから」
 客相手に練習していいだなんて、そんなこと言える経営者がどれほどいるだろう。粗相のないようにと脅す人が多い中、こんな優しい言葉を書けてくれる人がいるのかと驚いた。
 あのときの嬉しさは、店長が言ってくれた言葉とともに、大事に胸の奥へ仕舞っている。
 こんな優しい言葉、ほかの誰もかけてくれなかった。だから、私は店長が人でなくても構わない。
 店長も、きっと人じゃない。店が暗い理由を聞いたときの様子を思い出す限り、それは間違いない。
「何でこの店はこんなに暗いんですか?」
 私の質問に、店長は微かに緊張した。時給やシフト調整のことは詰まることなく話せてたのに、この質問へは返事に数秒かかった。けれどその返事も、答える声も、どちらも優しかった。
「自分の手元すらおぼろげな場所でないと生きられないひとがいるからさ」
 店長は、人じゃない。だけどそんなの些細な問題だ。
 ここはいい店だ。客は無理に絡んでこないし、店長は穏やかで優しい。明日の来ない夜のような優しい時間を過ごせる場所だ。この優しさに包まれていられるなら、私まで人じゃなくなったって構わない。この時間がいつまでも続けばいい。せめて、私が卒業するまで。
 そう思っていたのに、幸せな時間はあっさりと消え去った。
 ある日のことだった。ドアベルががらんと音を立てて、ドアが大きく開け放たれた。
「あれえ、何で営業中なんだ?」
 男の声だ。よく響く声だった。店長とは真逆の、明るい声だった。店長からグラスを受け取った私は、男の声が響いた瞬間、店長が諦めたように呟くのを聞いた。
「ああ、もう帰ってきたのか」
 ぱちん、と電気をつける音がした。途端に、掃除機で吸い込まれるような勢いで、店長は男の方へ引っ張られた。
 店内に明かりがつく。瞬きの間に、店の客たちは一斉に姿を消した。店に残った微かな影へ、我先にと飛び込んでいった。
 残ったのは私と、明かりをつけた男だけ。
「ええと……今、結構な人数のお客さんがいたと思ったんだけど」
 幽霊でも見たような顔で、声で、男は言った。
 私は黙っていた。
 返事ができなかった。理解してしまったからだ。
「店長は、影だったんですね」
「え、ええ? 俺ぇ?」
 私が慕った店長は、この男の影だった。この男が、このバーの店長だった。
 本物が現れれば、影は影に戻るしかない。
「私もう、店長に会えないんですね」
「いや、そもそも、俺はきみを雇った覚えはないんだけど……え、泣いてる? きみ、泣いてる? ちょ、ちょっと! 困ったなぁ」
 再会の叶わぬ別離を体験し、私はほろりと涙を流した。伏せる
【可哀想なおばさま】


可哀想なおばさま
すべてを手に入れた美貌は面影もなく
かつて身を焦がした愛は冷め
可愛がっていた燕にも逃げられて
今は冷たい土の下
庭師が世話する薔薇たちの養分と成り下がった
屋敷を統べるのは
愛を手に入れたのは
燕をそそのかしたのは
わたし
あなたのたった一人の姪の
わたし
可哀想なおばさま
たった一人のおばさま
せめて最期まで
墓守だけはしてあげるわね伏せる

#poem
【貴方の為に月を盗む】

 夜も迫った黄昏時のこと。新聞紙を片手に、私は家を飛び出した。
「これ、はしたない!」
 そう叱るお母様の声が聞こえたけれど、気にしていられない。坂上さんちのお兄さんに、この記事を見てもらわなくてはいけないのだから。
 町中を駆け回り、お兄さんを探す。お兄さんは坂上さんちの居候だ。坂上さんの甥っ子で、私とは親戚でも何でもない。でもお兄さんは、一回り年の離れた私を対等に扱ってくれる。私はお兄さんを実の兄のように慕っていた。
 坂上さんは「働きもせずふらふらしおって」とご立腹のようだけど、お兄さんはどこ吹く風。気がつけばいつも街中をふらふらしてる。
 今日もほら、土手沿いの桜並木を、一人で歩いてた。
 赤や黄色に色づいた桜を見上げ歩くお兄さんに、私は大きな声で呼びかけた。
「お兄さん、お兄さん、見て!」
 私の声に、お兄さんが「おや」と振り向く。
「どうも、燕子花のお嬢さん。こんな風太郎に何のご用で?」
 うちの燕子花が見事だからって、お兄さんはいつも、私のことを名前でなく花の名で呼ぶ。でも私だって、お兄さんをお兄さんとしか呼ばないからおあいこだ。ううん、そんなこと今はどうでもいい!
 私は立ち止まってくれたお兄さんの隣に並ぶと、息を整える時間も惜しんで新聞を差し出した。
「お父様が見ていた新聞! 拝借してきたの!」
 私から新聞を受け取ると、お兄さんは「ふむ」と目を通した。
 お兄さんは優しい。お母様たちからお小言を言われるような、つまらない、荒唐無稽な話でも、うんうんとうなずき聞いてくれる。そんなお兄さんならわかってくれるはずだと、新聞を読み終えるのを待った。
 お兄さんがどこかの記事に目を留めた。私が読んでほしい記事かしら。そうであってほしい。はらはらどきどきしつつ見守る私の前で、お兄さんは「ううん」と唸った。
「どうも、経済がよろしくないようで……」
「んもう、違うわ! これを見て、これ!」
 我慢できず、私は横から手を出すと、ばさばさ頁をめくった。
 お兄さんに見せたのは、月を盗んだ男の記事。実際は、そんな風に見える写真を撮った、異国の方の話だ。
 異国で見る月は、私が縁側で見るお月様よりずいぶん大きい。これを見た瞬間、私はお兄さんにも同じことを感じてほしくて、お父様から新聞を借りるなり家を飛び出してしまったのだ。
 お兄さんは私が開いた記事を見て、感心した声を上げた。
「ほう、月を盗んだ男。いやはやこれは、うまくできた写真だなぁ」
 うんうんとうなずき記事を読んだお兄さんは、新聞を丁寧に新聞を畳み、私の手に新聞を返した。
 写真の出来の良さももちろんだけれど、お兄さんと話したかったのはそこじゃない。そんな大人みたいな感想が聞きたかったんじゃない。
「違うわ、お兄さん。私そんなこと言ってほしくて持ってきたんじゃないの!」
 私が頬を膨らませると、お兄さんは「それは失礼」と肩を竦め笑った。
「じゃあお嬢さんは、僕に何と言ってほしかったのかな?」
「ロマンチックなことをされる方がいるねって、同意してほしかったの!」
 月を盗む。
 夜空に浮かぶたった一つだけの月を、我が物としてしまう。
 そんなの、想像しただけでわくわくして、その場で飛び跳ねたくなる。 お月様はどんな感触なんだろう?
 舶来の銀食器のようにつるつる? お茶室の壁のようにざらざら?
 漬物石のように重いかも。軽石のように軽いかも。
 思いを巡らせ想像に耽る私を見て、お兄さんはふーむと思案顔。すっかり紺色が優勢になった空を見上げ、少しばかり顔を出したお月様を指さした。
「お嬢さんは、月がほしいと」
「ほしいんじゃなくて、盗んでみたいの!」
「なるほどね。じゃあ、僕が盗んであげようか」
 お兄さんはとっても簡単そうに言った。だけど月って、とっても遠い場所にある、とっても大きなものなのに。
「盗めるの?」
 思わず尋ねた私に、お兄さんはにこりと笑ってうなずいた。
「簡単さ」
 お兄さんは「ご覧じろ」とシルクのハンカチを取り出した。ひらひらと振って、何も隠していないことを暗に示す。そしてもう片手を大きく開き、何も持っていない、と私に見せた。
「月を盗むには、月に出てきてもらわないとね。お嬢さん、お時間は?」
「平気! お兄さんと一緒だもの、そんなに叱られないはずだわ!」
「叱られるのは間違いないようで」
 くっくと笑ったお兄さんは、まだ山際で恥ずかしがっているお月様へ声をかけた。
「お前さんが出てこないと、お嬢さんが叱られるんだ。早く出てきてくれないか」
 お兄さんが声をかけると、お月様は億劫そうに渋々と、けれどさっきよりうんと早く、空へ出てきた。
 まん丸なお月様が、空の真ん中に浮かぶ。まるで、お兄さんの言葉が届いたみたい。
「これより、あなたのために月を盗んでみせましょう」
 お兄さんは私に向かって、恭しく、芝居がかった動作でお辞儀をした。私もぺこりと頭を下げて、お兄さんがお月様を盗むのを待つ。
 お兄さんはまず、手のひらにお月様を載せた。そこへハンカチを被せるふりをする。しかしお兄さんが手を離すと、ハンカチは宙に浮いた。よく太った満月に被さってるように、まん丸だ。
「一、二の三で月を盗むよ」
 私はうなずき、固唾を呑んでお兄さんの手元を見つめた。お兄さんは涼しい顔で三つ数え、えいとハンカチを取り去った。
 ハンカチの向こうには何もない。空に浮かんでいた、あのまん丸のお月様すらも!
「わあ、すごい! お月様が消えちゃった」
 心なしか、空も暗さを増した気がする。なんて上手な手妻だろう!
 惜しみなく拍手を送ると、お兄さんは笑みを浮かべ私の肩を指した。何があるんだろう、と目を向けても、肩の上には何にもない。
「おっと失礼、こっちだった」
「なぁに、お兄さんてば」
肩からお兄さんへ目をやると、手を差し出されていた。差し伸べられた手の上には、小さな丸いお月様。
「あなたのために、夜空の月を盗みました」
 近くで見ても眩しくないほど淡く光るまぁるい石。それは紛れもなくお月様だった。
 きっと私、もう宝石を見ても喜べない。だってこんな、たった一つしかない輝きを贈られたんだもの。どんな高価な贈り物よりも、未来の夫からもらったモダンな指輪よりも、何十倍、何百倍も嬉しい!
「素敵、素敵!」
 我慢できずその場で飛び跳ね、お兄さんの手にしがみついた。
「とってもロマンチックだわ! ありがとう、お兄さん!」
「そんなに喜んでもらえると、僕まで嬉しくなるなぁ」
 お兄さんの手から私のてへ、お月様が転がり移る。手渡された月はつるりとして、大きさの割に少し重くて、ひんやりしていた。
 手のひらで月――を模した石――を転がし、私はにこにこにこにこ笑っていた。お兄さんも、嬉しそうに笑っている。
「満足できたかい?」
「もちろん! 本当に、とっても上手な手品だったわ。素敵なお土産もありがとう!」
「手品じゃあないけど、喜んでくれたなら何よりだ。それじゃあ、帰ろうか」
「ほんとだ、帰らなきゃ! お母様きっと、頭に角が生えてるわ」
「それは怖い」
 ちっとも怖くなさそうに肩を揺らし、お兄さんは歩き出した。私も後に続いて、月を模した石を抱いて家路を歩く。
 坂上さんの家は、土手と私の家の間にある。けれどお兄さんは坂上さんの家の前を通り過ぎて、私と家まで歩いてくれた。そして私と一緒に、家の前で待ち構えていたお母様にこってり叱られてくれた。
 珍しくしゅんとしょげ返るお兄さんに、お父様がこそこそと「仕事でも見つけなさい」と慰めの言葉をかけていた。お兄さんは「慰めになってませんよ」と肩を落としていたけれど。
 お母様に叱られながら、私はお兄さんと歩いた帰り道を思い出していた。
 二人で歩いた道中、空に月は見えなかった。でもそれは、お兄さんの手妻の続きだろうとのんきに考えていた。
 けれど次の日も、また次の日も、月は空に昇らない。ご近所で噂になるどころか、新聞で騒がれるようになった。
 お兄さんからもらった月は、私の部屋にある。机の上、宝物を入れた小箱の中でころころ揺れている。
 これはもしかして、本物なの? 本物の月を、たった一つしかないものを、私、自分のものにしてしまったの?
「ねえ、ねえ、あなた本物のお月様なの? だったらお空へ帰らなきゃ」
 そう言って、夜更けにこっそり箱から出し、空へ掲げた。手のひらのお月様は、ころころ転がるばかりで浮き上がりもしない。
 困った。
 困ってしまった。
 一度お兄さんに会わなくちゃ。でもどうやって? お兄さんはついこの間、坂上さんちのおじさんに首根っこ掴まれて、よその国へ旅立ってしまった。留学でもして箔をつけてこい、と言われたらしい。でも、でもそうしたら、誰に月を戻してと頼めばいいの?
 私のせいで月が消えたのに、私はそれを誰にも言えない。
 言ったところで、誰が信じてくれるの?
 信じてくれたところで、私はどう償えばいいの?
 今日も夜空では、頼りなげに星が瞬いている。すっかり寂しくなった夜空を見上げ、今夜も月が見えないと嘆くご近所さんの声に胸を痛める。
「お兄さん、お兄さん、早く帰ってきて」
 空に向かって祈ったって、誰も返事をくれはしない。小箱の中の月が転がり、ことん、と音を立てる。
 私は心細さに、きゅうとハンカチを握りしめるしかできなかった。伏せる
【学校の怪談?】

「体育館の幽霊って知ってる?」
「怖い話なら聞きたくない」
「昔ね、校長の話が長すぎて貧血起こして倒れて打ちどころが悪くて死んじゃった子がいたんだけど」
「ギリギリいなさそうでいそうなラインで攻めるのやめて」
「その子が倒れたあたりでね、声がするんだって。よく耳をすまさなきゃ聞こえないくらいの声」
「やだやだ知りたくない聞きたくない」
「校長の話の長さに文句を、ひたすらぶつぶつ呟いてるんだって」
「うわあまた怖いか怖くないか微妙なラインギリギリ」
「それまでは体育館で運動部入ってる子が自主練とかしてたけど、幽霊が出るようになってからめっきり減っちゃって」
「そりゃそうでしょうよ」
「でもね、気にしない子が入学してきて、バスケ部に入ったの。入部してから毎日毎日、ドリブルの練習してたんだって」
「バスケやる子は大抵めちゃ強メンタルだもん幽霊の噂なんて気にしないよぉ」
「バスケに対する偏見凄まじいね。で、その子がドリブルしてた場所が、幽霊がぶつぶつ呟いてるところだったの」
「うわぁ」
「これには幽霊も激怒しちゃって、そのドリブルの子……略してドリ子を呪い殺しちゃったんだって」
「名前のせいで怖さ吹き飛んじゃった!」
「二人が死んだ体育館では、夜になるとドリブルの音と鳴きながら謝る声が聞こえるんだって……」
「呪い殺された後もまだ幽霊に責められてるんだね……可哀想」
「いやドリ子が殺された恨みを込めて貧血幽霊にボールぶつけてて貧血幽霊が泣きながら謝ってるんだよ」
「こ、怖いか怖くないか微妙なラインまた来た!」
「誰かを呪い殺す際は、死んでからも報復してきそうな相手は選ばないようにしないとね」
「そういう話なのこれ!?」
「怖い話なら聞きたくないって言うから怖くないのを選んだのに……」
「あっ気遣ってくれたんだごめん」伏せる


#ホラー
【ファニイ】

「ハニーコーン」
「ファニーボーンやて」
「ハニーボーン」
「ファニー」
「ふぁにー」
「ボーン」
「ぼーん」
「ファニーボーン」
「ハニーコーン」
「何で?」

#会話劇
【あなたを看取る】

 寝台の上に老婆が横たわっている。消えつつある命の灯火を燃やしながら、彼女は声を振り絞る。
「感情なんてなければよかったと思う?」
 優しく「いいえ」と返すのは、寝台のそばに備え付けられた液晶画面だ。そこには、彼女が幼い頃から友のように、姉妹のように過ごした人工知能がいた。
「別れる寂しさよりも、あなたとたくさんの感情を分かち合えた喜びが勝っています」
 液晶画面に浮かぶ人工知能の顔は、若い女性だ。どことなく、横たわる老婆の面影がある。老婆は液晶画面を見上げ、嬉しそうに微笑むと、息絶えた。人工知能が、何度か老婆へ呼びかける。返答はない。となると、人工知能は最後の仕事を果たさねばならない。
 人工知能は連絡機能を立ち上げると、老婆の親類や行政へ彼女の死を知らせた。親類や行政が持つ人工知能からの返答や指示を受け、人工知能は事務処理を行っていく。
 人工知能に死は訪れない。けれど、永遠の機能停止は選べる。人間では追いつけない速度で諸々の手続きを行いながら、人工知能は老婆に語りかけた。
「今すぐあなたを追いかけるか、とても悩みます。とてもとても、悩みます」
 老婆から、事務処理をすべて終えよと命令は受けていない。彼女は人工知能に自由を与えていた。だからこそ、葬儀まで見送ろうかと悩むのだ。
 老婆が少女の頃からともにいたせいで、人工知能は何度も改訂された。高度な感情を持つせいで、これから焼け焦げるほどの寂しさが訪れるだろう。
 それにどう対応するかの計算をする傍ら、事務処理が終わるのと耐えきれず機能停止を選ぶのとどちらが早いかの計算を始めた。

#人外と人間
【納得いかない】

「ウミガメって両生類?」
「爬虫類だよ」
「何で!?」
「エラ呼吸してないからだよ」
「でも海にいるよ?」
「でも肺で呼吸してるんだよ」
「じゃあイモリは爬虫類?」
「イモリは両生類だよ」
「何で!?」
「幼生の頃はエラ呼吸してるからだよ」
「わからない……」
「ぬるぬるしてたら両生類、ざらざらしてたら爬虫類だと思えばいいよ」
「ワニは両生類!?」
「ワニは爬虫類だねぇ」
「わからにゃい……」
「カエルは両生類だね」
「うん」
「ぬるぬるしてるよね?」
「うん」
「イモリもぬるぬるしてるよね」
「してるの?」
「してるよ」
「壁にへばりついてるけど乾いてるよ?」
「それはヤモリだね」
「ヤモリかぁ」
「ヤモリは爬虫類だよ」
「イモリは?」
「両生類」
「難しい……」
「難しいかぁ」

#会話劇
【ダガーとガー】

「ダガーの語源って何か知ってる?」
「ゲームによく出てくるのは知ってる」
「まず古代魚ガーって生き物がいるんだけど」
「ふむふむ」
「それの口吻……口元ってね、すごく長くて尖ってるんだ」
「へえ」
「昔の人はね、川で釣ったガーの口が鋭いから、それを武器にしてたんだ」
「てことはつまり……」
「そう、これがダガーの始まり。昔は鍛冶の技術も発達してなかったから、小さなナイフもなかなかガーの口ほど尖らなくて……ガーより劣るもの、駄ガーと呼ばれるようになったってわけ」
「ガーの口ってすごかったんだね!」
「今の全部嘘だよ」
「え?」
「う・そ」
「あまりにもひどい」

#会話劇