【あなたを看取る】 寝台の上に老婆が横たわっている。消えつつある命の灯火を燃やしながら、彼女は声を振り絞る。 「感情なんてなければよかったと思う?」 優しく「いいえ」と返すのは、寝台のそばに備え付けられた液晶画面だ。そこには、彼女が幼い頃から友のように、姉妹のように過ごした人工知能がいた。 「別れる寂しさよりも、あなたとたくさんの感情を分かち合えた喜びが勝っています」 液晶画面に浮かぶ人工知能の顔は、若い女性だ。どことなく、横たわる老婆の面影がある。老婆は液晶画面を見上げ、嬉しそうに微笑むと、息絶えた。人工知能が、何度か老婆へ呼びかける。返答はない。となると、人工知能は最後の仕事を果たさねばならない。 人工知能は連絡機能を立ち上げると、老婆の親類や行政へ彼女の死を知らせた。親類や行政が持つ人工知能からの返答や指示を受け、人工知能は事務処理を行っていく。 人工知能に死は訪れない。けれど、永遠の機能停止は選べる。人間では追いつけない速度で諸々の手続きを行いながら、人工知能は老婆に語りかけた。 「今すぐあなたを追いかけるか、とても悩みます。とてもとても、悩みます」 老婆から、事務処理をすべて終えよと命令は受けていない。彼女は人工知能に自由を与えていた。だからこそ、葬儀まで見送ろうかと悩むのだ。 老婆が少女の頃からともにいたせいで、人工知能は何度も改訂された。高度な感情を持つせいで、これから焼け焦げるほどの寂しさが訪れるだろう。 それにどう対応するかの計算をする傍ら、事務処理が終わるのと耐えきれず機能停止を選ぶのとどちらが早いかの計算を始めた。 #人外と人間 短い話 2023/09/10(Sun)06:36:18
寝台の上に老婆が横たわっている。消えつつある命の灯火を燃やしながら、彼女は声を振り絞る。
「感情なんてなければよかったと思う?」
優しく「いいえ」と返すのは、寝台のそばに備え付けられた液晶画面だ。そこには、彼女が幼い頃から友のように、姉妹のように過ごした人工知能がいた。
「別れる寂しさよりも、あなたとたくさんの感情を分かち合えた喜びが勝っています」
液晶画面に浮かぶ人工知能の顔は、若い女性だ。どことなく、横たわる老婆の面影がある。老婆は液晶画面を見上げ、嬉しそうに微笑むと、息絶えた。人工知能が、何度か老婆へ呼びかける。返答はない。となると、人工知能は最後の仕事を果たさねばならない。
人工知能は連絡機能を立ち上げると、老婆の親類や行政へ彼女の死を知らせた。親類や行政が持つ人工知能からの返答や指示を受け、人工知能は事務処理を行っていく。
人工知能に死は訪れない。けれど、永遠の機能停止は選べる。人間では追いつけない速度で諸々の手続きを行いながら、人工知能は老婆に語りかけた。
「今すぐあなたを追いかけるか、とても悩みます。とてもとても、悩みます」
老婆から、事務処理をすべて終えよと命令は受けていない。彼女は人工知能に自由を与えていた。だからこそ、葬儀まで見送ろうかと悩むのだ。
老婆が少女の頃からともにいたせいで、人工知能は何度も改訂された。高度な感情を持つせいで、これから焼け焦げるほどの寂しさが訪れるだろう。
それにどう対応するかの計算をする傍ら、事務処理が終わるのと耐えきれず機能停止を選ぶのとどちらが早いかの計算を始めた。
#人外と人間