#人外と人間 で100日かけて100本掌編書くぞ!の26日目! 26. モノクロの花束 伏せ 放課後、いつものように門を開けたそのときだった。足元に視線を落とすと、そこには白と黒だけで構成された花束が置かれていた。 花束をそっと拾い上げる。香りはない。けれど、指が触れた瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。 「……何だろう、これ」 無記名だった。でも捨てるのも躊躇われて、私はそれを家の花瓶に挿した。 翌日も、その次の日も、家に帰れば門の前には必ず花束があった。無彩色のまま、変わらない形で。まるで何かを訴えるように。 ――綺麗。でも、どこか怖い。 「ずっと、誰がくれてるんだろう」 呟いても答えは返ってこない。気味が悪いと感じながらも、私は毎回この花束を捨てられなかった。何か、大切なことが込められているような気がした。もう少しで思い出せそうな、でも手の届かない、夢の断片のようなものがこの花束だった。 三日目の夕方、私は門の前で花束を見下ろしていた。不意に、視界の端で影が揺れた。三つ揃いにステッキをついた、いつものレオだ。 「またこの花束か」 忌々しげな声に、「知ってるの?」と尋ねる。「まぁね」と答えながら、レオはひょいと花束を拾い上げた。 「こんなもの、ミーナは気にしなくていい。ただの残滓だからね」 レオの声には、いつもと違う棘が混じっていた。私はそれ以上聞けず、彼も何も言わなかった。その日の花束は、レオが持ったまま姿を消したので、家のどこにも飾られなかった。 次の日の帰り道。家の前で、私は花束を運ぶ配達人にばったり出くわした。年齢も性別も分からない、不思議な雰囲気の人だった。彼は無言で私に花束を差し出し、言葉ひとつなく去っていった。 花束はいつもと同じモノクロ。けれどこの日の花束には可愛らしくリボンがかかっていた。薄いブルーは、私の好きな色。そのリボンには、手書きのメッセージが綴られていた。 ――思い出すまで待ってる。 差出人は、『あなたの忘れた誰か』と書かれていた。 心臓が跳ねた。立ち尽くす私の隣に、レオが煙のように現れる。 「レオ……これ、誰なの? わたし、誰かを忘れてるの?」 「気にしなくていいと言っただろう。ただの残り滓だ」 そう言うと、レオは私の手から花束を取り上げ、空中高く放り投げた。レオの指がぱちんと鳴る。花束はパッと燃え上がって、灰も残さず消え去った。思わず「レオ!」と声を荒らげたけれど、私はすぐに勢いをなくした。 「きみを守るのは、わたしだけでいい」 レオの声音があんまり寂しそうで、レオの表情があんまり悲しそうだったから、私はレオを怒れなかった。 数拍、私たちは黙りこくる。レオは何もないところから赤い花を一輪取りだし、私の髪に挿した。 「……きみに似合うのは赤だと、いつも言ってるのに」 「そう……ね。ありがとう、レオ」 それだけが、ようやく出た言葉だった。 夜、ベッドに横になって天井を見上げる。〝あなたが忘れた誰か〟と書かれたあの癖字が頭から離れなかった。 確かに、私は何かを忘れている。それはたぶん、とても大事な何かだ。でもレオもまた、今の私の隣にいて、誰よりも私を見てくれている。 ――なら、今はこのままでいいかもしれない。いつか全部思い出すとしても、今はまだ。 窓の外では、風が雲を攫っている。月明かりの中、一輪の赤い花が月を見上げていた。 伏せる 短い話 2025/06/01(Sun)17:32:48
26. モノクロの花束
放課後、いつものように門を開けたそのときだった。足元に視線を落とすと、そこには白と黒だけで構成された花束が置かれていた。
花束をそっと拾い上げる。香りはない。けれど、指が触れた瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
「……何だろう、これ」
無記名だった。でも捨てるのも躊躇われて、私はそれを家の花瓶に挿した。
翌日も、その次の日も、家に帰れば門の前には必ず花束があった。無彩色のまま、変わらない形で。まるで何かを訴えるように。
――綺麗。でも、どこか怖い。
「ずっと、誰がくれてるんだろう」
呟いても答えは返ってこない。気味が悪いと感じながらも、私は毎回この花束を捨てられなかった。何か、大切なことが込められているような気がした。もう少しで思い出せそうな、でも手の届かない、夢の断片のようなものがこの花束だった。
三日目の夕方、私は門の前で花束を見下ろしていた。不意に、視界の端で影が揺れた。三つ揃いにステッキをついた、いつものレオだ。
「またこの花束か」
忌々しげな声に、「知ってるの?」と尋ねる。「まぁね」と答えながら、レオはひょいと花束を拾い上げた。
「こんなもの、ミーナは気にしなくていい。ただの残滓だからね」
レオの声には、いつもと違う棘が混じっていた。私はそれ以上聞けず、彼も何も言わなかった。その日の花束は、レオが持ったまま姿を消したので、家のどこにも飾られなかった。
次の日の帰り道。家の前で、私は花束を運ぶ配達人にばったり出くわした。年齢も性別も分からない、不思議な雰囲気の人だった。彼は無言で私に花束を差し出し、言葉ひとつなく去っていった。
花束はいつもと同じモノクロ。けれどこの日の花束には可愛らしくリボンがかかっていた。薄いブルーは、私の好きな色。そのリボンには、手書きのメッセージが綴られていた。
――思い出すまで待ってる。
差出人は、『あなたの忘れた誰か』と書かれていた。
心臓が跳ねた。立ち尽くす私の隣に、レオが煙のように現れる。
「レオ……これ、誰なの? わたし、誰かを忘れてるの?」
「気にしなくていいと言っただろう。ただの残り滓だ」
そう言うと、レオは私の手から花束を取り上げ、空中高く放り投げた。レオの指がぱちんと鳴る。花束はパッと燃え上がって、灰も残さず消え去った。思わず「レオ!」と声を荒らげたけれど、私はすぐに勢いをなくした。
「きみを守るのは、わたしだけでいい」
レオの声音があんまり寂しそうで、レオの表情があんまり悲しそうだったから、私はレオを怒れなかった。
数拍、私たちは黙りこくる。レオは何もないところから赤い花を一輪取りだし、私の髪に挿した。
「……きみに似合うのは赤だと、いつも言ってるのに」
「そう……ね。ありがとう、レオ」
それだけが、ようやく出た言葉だった。
夜、ベッドに横になって天井を見上げる。〝あなたが忘れた誰か〟と書かれたあの癖字が頭から離れなかった。
確かに、私は何かを忘れている。それはたぶん、とても大事な何かだ。でもレオもまた、今の私の隣にいて、誰よりも私を見てくれている。
――なら、今はこのままでいいかもしれない。いつか全部思い出すとしても、今はまだ。
窓の外では、風が雲を攫っている。月明かりの中、一輪の赤い花が月を見上げていた。
伏せる