雲晴夏木の独り言

#人外と人間 で100日かけて100本の掌編を以下略!

Day.32 こぼれる光

 学校帰り、家に着いたときのこと。咲き終えた花の間に、私は小さな何かを見つけた。
「……妖精?」
 それは手のひらに乗るほど小さな存在だった。羽根は折れ、瞳は閉じられ、まるで誰かが置き忘れた人形のよう。けれど、私が触れようとしたとき、わずかに瞼が動いた。まだ、生きてる。
 そっと手を伸ばし、妖精を両手で包みこむ。すると、指の間から微かな光がこぼれた。
「……あったかい」
 まだ生きてる。そう思うと、胸がきゅうと痛んだ。こんなにも弱っている存在を放っておけるわけがない。私は妖精を部屋へ連れ帰った。
 部屋に入ると、すでにレオは姿を現していて、難しい顔をしていた。傾きかけた太陽が、レオのたてがみに金の縁取りを施している。
「随分珍しいものを拾ってきたね、ミーナ」
「うん。見て、この子……すごく弱ってるの」
 手のひらを開いて差し出すと、レオは顔を近づけて覗き込んできた。妖精の体はちかちかと明滅を繰り返している。
「ああ、これはもうだめだ」
 レオはあっさりと言う。
「これは命が終わる光だ。きみにできることは何もないよ、ミーナ」
「でも……でも、まだ、動くの。ぐったりしてるけど、レオの魔法なら……」
「わたしにもどうにもできないよ」
 きっぱりと言い切られ、私は妖精をまた手のひらで包んだ。何もできない自分が、情けなかった。

 夜になっても、妖精は目を開けなかった。私はベッドに入らず、手の中の小さな命をじっと見守っていた。光はまだ、ぽつりぽつりとこぼれては消えている。
 水を与えてみたが、口からこぼれるだけだった。蜂蜜を与えてみたが、妖精は口を開かなかった。思いつく限りのものを与えて命の期限を延ばそうとしたが、妖精は弱々しく拒むばかり。私は、唇を噛みしめるしかできなかった。

 明け方、カーテンのすき間から差し込む光が、手の中の小さな存在を照らした。小さな妖精の肩が、かすかに揺れた。羽が震えた。そして、ゆっくりと瞼が開く。
 翡翠のような目が、まっすぐ私を見つめた。
 アーモンドの花のような唇が動く。声にはならなかったけれど、私は確かに声を聞いた。
「ありがとう」
 その瞬間、妖精の身体が、空気に溶けるように淡く光りながら崩れていった。光の粒になって、すうっと消えていく。
 私は思わず手を伸ばしたけれど、何も掴めなかった。何も掴めなかった手を握り、レオ、と呼ぶ。煙のように、レオが現れる。
「助けようとするその気持ちが、あれには嬉しかったんじゃないかな」
 レオの優しい声に、私はうなずけなかった。何か言いたいのに、言葉は胸の奥につかえたまま。
 頬を一筋の涙が伝うのを感じながら、溶けて消えた妖精が何の痛みも感じなかったことを祈った。
伏せる