雲晴夏木の独り言

#人外と人間 で100日かけて100本掌編書くぞぉ!の31日目!

Day.31 ランプ

 ミーナが屋根裏から降りてきたとき、埃だらけのランプを手にしていた。
「これ、きれいになると思う?」
「どうかな」
 答えながら、わたしは胸の奥がざわつくのを感じた。それは、とうの昔に忘れたはずの感覚だった。
 ミーナはわたしの動揺も知らず、布で丁寧にランプを磨いている。少し不格好な金属のランプには、持ち手のところに細かい模様が刻まれている。あれは、呪文だ。
 ミーナが最後の仕上げに息を吹きかけると、ランプは一瞬だけ淡く光った。
「あれっ? 今、光った?」
「そうかい? わたしは気づかなかったが……」
 即座に否定したが、ミーナは納得していないようだ。
「絶対光ったと思うの。青い光だった。明るいからレオには見えなかったのかな」
 そう言ってランプを棚の上に飾るミーナを見つめながら、わたしはこっそりため息をついた。
あのランプにまだ力が残っているとは。その上、ミーナの手で見つけられるなんて。
 その夜、わたしはひとり、暗い部屋の中に佇んでいた。ミーナはすでに寝息を立てている。安らかな寝顔を背に、ランプの置かれた棚の前に立つ。
「……まだ、覚えているか?」
 応えるはずもない沈黙。それでもわたしは続ける。
「昔、わたしはお前に願った。ミーナを、わたしだけのものにしてほしいと。誰にも触れさせず、誰にも見つけられない場所に閉じ込めて――ずっと、そばにいさせてくれと」
 それは若く愚かな願いだった。ミーナの魂を欲する強い思いが、願いの形をして溢れたにすぎない。
 ランプは答えなかった。口を閉じたまま、何も言わずに沈黙を守った。
 あのとき初めて知ったのだ。このランプは、ただの道具ではない。願いを選ぶ――そんな意思も、持っているのだと。
「まただんまりか。お前は彼女の味方でいたんだな」
 ミーナに味方がいるのはいいことだ。有象無象に狙われるミーナに平穏が訪れるようにと願う者がいるのは、悪いことではない。だが、しかし。
「お前は願いを叶える存在だろう。わたしの願いを、欠片でも叶えてくれてもいいじゃないか」
 ずっと傍にいた。守ってきた。けれど、ミーナの世界は驚くほど広がっている。昔は良かった。彼女の世界は庭までしかなかった。しかし今では、庭の外をどこまででも行ける。
 わたしは怖い。いつかミーナの笑顔が、誰かのものになる日が。
「彼女はもう、子どもじゃない。自分で選び、歩き出す。……それでも、わたしは」
 だから願う。もう一度だけ。今度こそ。しかし、ランプは黙っていた。棚の上、冷たく静かに、まるで封印でもされているかのように。
 わたしはしばらく立ち尽くしていた。時間が流れる。夜が深まる。やがてわたしは、自嘲気味に笑った。
「そうか。……やっぱり、お前はどこまでもミーナの味方なんだな」
 ランプは答えなかった。ミーナの寝息だけが、静かに部屋を満たしていた。
 翌朝、ミーナは目をこすりながらわたしに話した。
「昨日の夜、夢の中で誰かと話してた気がするの。何を言われたかは覚えてないけど、あったかくて、優しい声だった気がする」
「……へえ」
 わたしはどうにか微笑んだ。
「いい夢だったかい?」
「うん。すっごくいい夢だった」
 そう言って、ミーナは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔が誰のものでもないことに、わたしは救われる思いだった。
「……そうか。ランプもまだ、ミーナが誰かのものになるのを望んでいないのか」
 わたしは声には出さず、心の中でそっと呟いた。
伏せる