星と花火と深海魚

 俺、青野雅和!  21XX年だってのに古風な名前だよな。俺もすげー嫌なんだ!  だから俺はいつだって今っぽいことに挑戦する。今回の職場見学だって、役所なんてつまんねー場所じゃなく、宇宙ステーションで希望を出した。倍率? そりゃ『すげえ』なんてレベルじゃないよ! でも俺は幸運だ。宇宙ステーション職場見学に当選したんだから!  行きのロケットではSNS用の写真を撮りまくり、何度も先生に叱られ、拳骨まで落とされた。20XX年だったら「体罰だ!」って騒げたんだけどな。俺がどんだけ騒いだか、ふざけたか、全部記録に残ってるから、大人に訴えても「適切な処置だ」で終わらされる。  まあ確かに俺が悪いんだけど!  とにかくまあ、俺をはじめとした中学生たちは宇宙ステーションに到着して、そこで仕事を見学させてもらってたわけ。何グループかに分かれていろんな仕事を見てたけど、みんなの目当てはもちろん、宇宙服を着せてもらうこと。そして宇宙空間へ出ることだ。  俺たちのグループにも、ようやく宇宙服を着せてもらう番が回ってきた。ステーションの修理を見せてもらうんだ。見学に来た奴の九割はこれが目当てだね。だって宇宙に出られるんだもん。  俺はここでも、SNS用の撮影をした。ふざけてたわけじゃない、真剣だ。古風な名前のせいでからかわれるんだ。今時っぽい振る舞いくらいしとかなきゃね。  けど、まあ、大人からしたら俺の行動ってふざけてたのかも。普通は外れないはずの命綱が外れちゃったんだ。  うん、認める。俺はちょっと……ふざけすぎてたかな?  先生の手も虚しく宙をかき、ステーション職員が命綱の限界まで追いかけてくれても届かず、俺は宇宙空間に放り出された。  そして俺は、今こうやって宇宙を彷徨ってるってわけ。  静かだった。  気味が悪いくらいだ。  引力もないちっちゃな惑星でもあればしがみついてとどまれるのに、俺の進路には何もない。  どうしよう。俺このまま死んじゃうのかな。  泣きそうになりながら漂ってたら、大きなものが見えた。  星じゃない。  ロケットくらい大きい、深海魚みたいな見た目の何かだ。  アンコウみたいな、シーラカンスみたいな、羅鱶みたいな、そんな姿のそれは、体をくねらせ泳いでいた。この宇宙空間を、泳いでいたんだ!  そいつは俺に気づいてない。俺は慌ててもがいたけど、進路は変えられない。  俺は、ロケット大の深海魚に見事ぶち当たった

 ――ああこれ、死んだわ。

 そう思ったけれど、俺は生きてた。でっかい深海魚は体をひねり、体にぶち当たった俺を見た。色素のない目らしきものが、俺を捉える。  こいつは俺に興味を持ってるようだ。  でっかい顔が近づいてくる。食べられると思わなかったのは、|疑餌状体《あたまのとっき》を俺に向けなかったのと、羅鱶みたいに裂けた口を開けなかったからだ。

「こ、こんにちは」

 話でもできないかと声をかけてみるけど、当然俺の声は届かない。身振り手振りを試してみても、通じない。

「やっぱ、宇宙人と話すなんて無理か……」

 しょんぼりと諦めたそのとき、俺の頭に〝声〟が響いた。

「初めまして、小さな生命」 「うわすげえ! これテレパシーってやつ?」 「あなたの言語を借りている今、そういうことになります」 「へええ。俺の言語ってことは、そっちにも言葉があんの? どんな感じ?」

 途端、俺の頭に不快な音、感触、情報が流れ込んできた。咄嗟に頭を押さえようとしたけれど、宇宙服越しじゃ適わない。

「やめて、いやだ!」

 俺が叫ぶと、不快な情報たちは止まった。深海魚みたいな宇宙人が「なるほど」とどこか納得した風にテレパシーを送ってくる。

「だから私と出会った生命体は、すぐに活動停止するんですね」

 ――こ、怖いこと言うなぁこいつ!

 そう思ったけれど、寂しさと退屈には勝てない。俺はこのでっかい深海魚と会話して、救助を待つことにした。

「俺さあ、今遭難中ですげー寂しいの。話したりできる?」 「できますよ、あなたが望むなら」 「望む望む、すげー望む。まずは自己紹介かな。ってかあんた名前あんの?」 「ありませんね」 「へー。文化の違い」 「あなたはあるんですね、マサカズ」 「そっか俺の脳内読めちゃうんだもんな! 怖え~」 「〝あんた〟と呼ばれるのは不快ではありませんが、あなたが不便ならアンジーと呼んでください」 「何でアンジー?」 「アンコウとシーラカンスでアンジーです」 「俺の脳内覗いてんだもんなぁ⁉ ごめんね何かアンコウとかシーラカンスとか羅鱶に似てんなぁって思ってぇ!」 「構いませんよ」

 アンジーは恐ろしげな見た目に反し穏やかだった。俺が流れてかないよう、終始でっかい鰭で俺をそばに戻してくれる。  そういう仕草を見るに、群れで行動とかしてそうなもんだけど……アンジーは一人(一匹?)だけだ。

「アンジーって一人っぽいけど、仲間とかは?」 「仲間とは滅多に会いませんね」 「あ、いるのはいるんだ。じゃあ会わないのって寂しくない?」 「あなた方に感情というものがあるのは理解できますが、私の中にはありません」 「へえ、いいなぁ。俺今すげー寂しいよ。早く迎えに来てもらいたいもん。この宇宙服、発信器とかついてんのかな?」 「何らかの信号は発しているようですね」 「じゃあすぐ迎えに来るかな! はは、希望出てきた。なあなあ、アンジーの体に登っていい?」 「どうぞご自由に」

 アンジーの鰭に掴まってよじ登って見たり、飽きるまでとんぼ返りにチャレンジしてみたりと遊んでみる。でもそんな遊びにもすぐ飽きた。  俺はアンジーの頭に寝そべり、またお喋りに興じた。

「職場体験から帰ったら夏だからさー、ヤマダ誘って夏祭りに行こうと思ったんだよなぁ」 「夏祭り? ああ、なるほど。愉快そうな行事ですね」

 俺が話すのは、アンジーが想像もしないようなことだ。時々アンジーは不思議そうな相づちを打つけど、俺の脳を読み取って、すぐに理解する。  それって何か、ちょっと怖いな? でも一人でいる寂しさには勝てない。仕方ない、仕方ない。これくらいの怖さは耐えよう。食われたりしないし。  俺は湧き上がる恐怖を見ない振りしながら、地球に帰ったらやりたいことを話す。

「うちの自治体の夏祭りってさ、花火がすげーの。でも今こうやって遭難してるし、帰るの間に合わないかもなー。てか外出禁止されるかも」 「では今ここで見せてあげましょうか、花火」 「え?」

 アンジーが、疑餌状体を揺らした。疑餌状体から火花が散る。線香花火のような光が、アンジーの疑餌状体から放たれた。

「おー、きれいきれい」 「まだまだ、もっと大きくなります」

 得意げな声で、アンジーは疑餌状体を揺らす。火花はどんどん増え、光が弾けた。  光は大きくなり、打ち上げ花火よりもさらに眩しくなっていく。

「おお、すっげえ!」

 宇宙人が、俺のために花火の真似をしている。これってめちゃくちゃすごくない? これこそSNSにアップすべきじゃ?  そうはしゃいでいて、俺はふと違和感を抱いた。いや、違和感ではなく不快感だ。

「な、なんだぁ?」

 不快感を覚えているのは肌だ。顎を引き、宇宙服の下を見る。  俺は、自分の肌の上を虫が這いずっているのを見た。

「うわぁ⁉」

 何これ、何だこれ⁉

「どうしました?」

 尋ねるアンジーに向かって、声自体は届かないとわかってて叫んだ。

「宇宙服の中に虫がいる! 気持ち悪い、うわっ頭の中にも入ってきた! ギラギラしてる、虹色に光ってる! 何これ、なにこれ!」 「ああ、そういえば」

 鰭を動かし、アンジーはゆらりと揺れる。

「私からも出てるんでしたっけ、ほかの生命体に有害な信号が」

 うっかりしてました――とテレパシーを送ってくるアンジーに、悪びれる様子は欠片もない。  ああ、虹色に光ってる。  近くに恒星なんてないなのに眩しい。眩しい。ギラギラしてる。気持ち悪い。早く迎え、来て、誰か。

「私の信号であなたの信号もかき消されてますね。こういうときはあなた方の言語で何と言うべきなんでしょう? ……ふむ、なるほど。お気の毒様。確かに、実にお気の毒様です」

 使い方違う――と思ったのを最後に、俺の思考回路は焼き切れた。