AI探偵、恋のお悩み解決す!

 火ノ元なる国の片隅、弓ノ弦町に探偵事務所が開業した。所長はこのわたし、超高性能人工知能搭載探偵型人造人間・零式だ!  零式の名からわかるとおり、わたしはまだ試作品だ。ロボットもアンドロイドもAIも普及し蔓延り跋扈するこの時代に、未だ〝人間そのもの〟を夢見た研究者たちによって生み出された。  そしてこれもまた探偵型という名からわかるだろうが、わたしは探偵として働くよう設計された。奇妙な偶然だが、私を産みだした研究員たちは揃いも揃って古典推理小説が好きだった。わたしが人間社会で人として活動する名に古典推理小説の探偵たちから名付けたかったようだ。しかし彼らの意見は二分し拮抗し、どちらかが折れることはなかった。  ゆえに、私の名は「K.K」とイニシャルのみとなった。いつかわたしが〝自分の好み〟を習得したら、このイニシャルに沿って名乗ればいいらしい。しかしわたしが〝自分の好み〟を得たら、このイニシャルでない名前を選ぶかもしれない。そうなったらどうするのだろう。今度のメンテナンスで尋ねなければ。  さてさて、わたしの名前はK.Kとシンプルなのだが、近所の人間たちはこれすらも長く感じるらしい。自己紹介の際に必ず「超高性能人工知能搭載探偵型人造人間・零式かK.K、どちらか好きな呼び名で構わんぞ!」と言うのだが、一人を除いて皆が口を揃え「ケンさん」と呼ぶ。  だが名、悪くはない。  研鑽。良い響きだ。人々の事件からあらゆるデータを回収し深く学習するわたしにぴったりの名だろう。  おっと、言い忘れていたか? わたしは事務所に持ち込まれた事件を何でも解決する。その際に料金を頂戴せず、関わった人間たちの言動行動その他諸々様々なデータを回収し学習データへ変換しているのだ。それを了承できる者のみ、我が事務所の扉を開くことが許されるというわけだ! ……まあ、我が事務所に鍵はないし、依頼者のプライバシーには配慮しているがな。  さて、今は何時だ? 時計なぞ見なくてもわかるのだが、人らしく暮らすため壁掛け時計を見なくてはならない。  廃業した個人商店を居抜きで使ったこの事務所は、元は廃墟だった。しかしわたしと研究員の手で見違えるほど清潔になり、壁なんてプロジェクターのスクリーン代わりに使えるほど真っ白だ。  そこに設置した古めかしい壁掛け時計が、小学校の下校時刻から数分過ぎたことを告げる。ではそろそろ来るだろう。  部屋の中央で仁王立ちするのをやめ、窓辺へ移動する。外を確認すると、通学鞄を背負った女児と男児が我が探偵事務所へやってくるのが見えた。黒髪をさらりと伸ばした女児は、我が事務所の常連客のスモモだ。  ふふん、今日もやってきたか。まったくスモモは、もう十一歳だというのにわたしがいないと日常の些末な問題も解決できないのだな! 仕方ない、仕方ない。今日も華麗に解決してやろう。  事務所の扉はいつ何時誰が来てもいいよう、常に開け放されている。入り口で腕を組み、仁王立ちになる。やってきたスモモはいつもの顔で、スモモに連れられて来たであろう男児は驚きに見開いた目で、わたしを見上げた。  まず口を開いたのは男児だ。

「こ、このひと、本当にアンドロイドなの?」 「K.Kさんは正真正銘アンドロイドだよ。ね、K.Kさん」

 スモモは丸い瞳にわたしを映し、同意を促した。  K.Kさん。  呼び名など人間が好きにすればいい。だがこうやって正しい名称で呼ばれると、わたしは己の〝個〟を尊重されているような気になる。わたしを造り出した研究員らでさえこの名を呼ばない。だのにスモモだけが、わたしをK.Kと呼ぶ。それは何とも、面映ゆくも嬉しい、奇妙な感情をわたしに与えた。  気分が良くなったわたしは、スモモの要求に応え、疑念の目を向ける男児に証明してやることにした。スモモの言葉に「もちろんだ!」とうなずき、わたしが人間ではないかと訝る男児へ手を差し出した。

「触って確かめるがいい、スモモに導かれし依頼人よ。そしてわたしに解決してほしい事件を打ち明けるのだ! だがその前に、お前から収集したデータをわたしの学習データとすることに了承するのを忘れるな。了承できなければお前からの依頼は受けられないのだからな」

 スモモと男児にソファへ掛けるようすすめ、この身が人でないことを確かめさせる。男児はわたしが差し出した手に触れると、感嘆の声を上げた。

「うわぁ、すごい。表面は本物の皮膚みたいなのに、その奥は金属だ」 「ふふん、そうだろう」 「髪だって本物みたいにさらさらだし、瞳だって人間のものにしか見えない!」 「わはは、そうだろうそうだろう。わたしは外見も人間そのものを目指して設計されているからな。存分に褒めるがいい!」 「性格もアンドロイドらしくない、偉そうな性格だね!」 「事実わたしは偉いからな! さあ男児よ、そろそろ褒め尽くしただろう。今度はわたしがプライバシーポリシーについて話すから、その耳をよぉく傾けるがいい!」

 男児はいくつかプライバシーポリシーへ質問をし、納得すると同意を示した。これにより、わたしはスモモと男児が持ち込んだ事件を解決することとなった。  今回持ち込まれた内容は、学校に出るオバケの正体を探ってくれとのことだった。しかし話を聞いてみれば単純明快、不法投棄された掃除ロボットが故障したまま動き回って校内を徘徊しているだけのことだった。  本来であればマイクから発されるであろう美声がひび割れ、それが恐ろしげな声になっていたらしい。常に動き回っており、なおかつボディが平坦な型だったお陰で、誰にも姿を見られなかったのもオバケとして噂が広まる要因になったと見た。  小学校の監視カメラに映像提供を呼びかけ、手続きの後に校内の現在の様子を確認する。カメラからカメラへ切り替えると、推理通りの映像が出てきた。目をプロジェクターに、壁をスクリーン代わりにして、証拠映像を二人に見せる。

「これがお前たちが持ち込んだ事件の犯人だ。このままわたしが教師たちに連絡するか、自分たちの手柄として連絡するか、好きな道を選ぶがいい!」 「私は手柄なんてほしくないかなぁ。オバケじゃなかっただけで安心したし」 「僕も、依頼した結果を自分のものにしようとは思いません。そのまま先生たちに連絡してもらえますか?」 「ふむ、そうか? しかしその正直さ、奥ゆかしさも美徳だ! ではわたしから、依頼を受けて調査し発見したと伝えよう」

 壁に映し出すのをやめ、今の映像を小学校の教員PCへ転送する。監視カメラへのアクセスを終えると、男児はぺこりと頭を下げた。

「妹がオバケを怖がって、学校へ行くのを嫌がってたんです。でもこれからは元気に登校できると思います」

 わたしは超高性能人工知能搭載探偵型人造人間で、しかも試作段階の零式だ。人間がわたしを人間のように扱う義務はない。しかしスモモが連れてくる依頼人たちは、こうしてわたしに丁寧な言葉で礼を言う。わたしがあまりに高性能だから、つい人格があるよう錯覚してしまうのだろう。しかしそれをやめさせようと思わないわたしもまた、自分が人間だと錯覚しているのかもしれない。

「お前のような兄を持って、妹も心強いだろう。帰ったらすぐ妹に教えてやるがいい。オバケなぞいない、あるのは不法投棄されたロボットだけだったとな!」 「はい、そうします」

 男児はもう一度頭を下げ、事務所を去って行った。去りゆく後ろ姿は、子鹿のように元気なものだった。  去って行ったのは男児だけで、もう一人の客・スモモは未だソファに腰掛けている。

「スモモ、一緒に帰らなくていいのか」 「家に帰っても誰もいないし、K.Kさんちで宿題させてもらおうかなって」 「我が事務所は誰にでも開かれているからな、それは構わん。だが暗くなる前に帰ることだ。わたしが毎日家まで送ってやると思ったら大間違いだ!」

 スモモは連日我が事務所にやって来ては、何だかんだと理由をつけて滞在する。不当な理由でもなし、好きに滞在すればいい。しかしそれは危険が伴わない場合のみだ。  スモモの年齢で夜道の一人歩きは危険だ。人工知能搭載自動車がスモモを轢死させることはないだろうが、悪意ある人間の手がスモモに伸びないとも限らない。そうならないよう、超高性能人工知能搭載人造人間のわたしはスモモを家まで送り届ける義務がある。  しかしそれも私が超高性能人工知能を搭載した人造人間だからであって、人間であったならばこうはいかない。相手の好意に甘えてばかりではいけないと忠告をしたつもりだが、スモモは丸い目をきょとんとさせて、首を傾げていた。

「K.Kさん、送ってくれないの?」 「もちろん送ってやるとも。児童の一人歩きは危険だからな!」 「ありがとう、K.Kさん」

 おっと、どういうことだ。スモモを早く帰らせるため忠告したのに、スモモを家まで送り届ける約束をしてしまった。はてさて、これはいったいどういうことか。いつからか、わたしはスモモの意に反することができなくなっている。それはいつからだったか。記憶を遡らねばならない。  端末で宿題を解くスモモの、真剣な顔。むむむと口を尖らせるスモモを見下ろしながら、わたしはスモモが初めて事務所を訪れた日の記録を再生させた。

「0キャッシュで何でも解決って、ほんとですか?」

 泣き腫らした顔だった。手にはくしゃくしゃになった、我が事務所のチラシを握りしめていた。そのチラシは、わたしと研究員が手ずから書いてばらまいたものだった。ばらまいて、すでにひと月が過ぎていたが。

「うちのニャアちゃんが、いなくなったんです。掃除ロボが換気してる間に、窓から出ちゃって。いつもは外に興味なんか持たないのに、なのに、なのに」

 スモモはそれ以上言葉を続けられず、うつむいてしまった。大粒の涙が、磨いて間もない床を濡らしていた。  初めての客に、わたしは座るようすすめることもできなかった。何とかこの涙を止めてやらねばと、そればかり気にかけていた。  あのときのわたしは膝をつき、ハンカチでスモモの顔を拭った。超高性能人工知能を搭載した人造人間のわたしになぜハンカチが必要なのかと疑問だったが、必要性はあのとき初めて理解した。  結局、猫のニャアはわたしの知能を以てしても『足で探すべし』という結果が出た。ほかの依頼人がいないのを幸いに、わたしは文字通り昼夜を問わずスモモが愛するニャアを探し歩いた。学校が終われば、スモモもわたしの隣でニャアを探した。

「0キャッシュなのに、ニャアのこと探してくれてありがとう。えっと……何さん?」 「よくぞ聞いた! いつ名を求められるかうずうずしていたぞ!」

 わたしはすっかりくたびれたコートを翻し、研究員以外に知られていない名を名乗った。

「わたしの名は超高性能人工知能搭載探偵型人造人間・零式だ! 人として暮らすためK.Kの名も与えられている。だが好きに呼ぶがいいぞ、依頼人!」 「そっか。じゃあ、K.Kさんって呼ぶね。K.Kさん、私は桃ノ内スモモ。あと一週間頑張っても見つからなかったら、もう探さなくていいからね。私、諦めるから」

 スモモは人造人間のわたしを気遣っていた。出会った当時から、スモモは心優しい少女だった。だがわたしはそれを優しさと受け取らず、挑戦と受け止めた。

「スモモよ、わたしを何だと心得る。先にも述べたとおり、わたしは超高性能人工知能搭載探偵型人造人間・零式だ! 猫探し程度お手の物! お前が液体がごとく柔らかな猫を腕に抱く日は近いぞ!」

 ニャアが見つかったのは、半月ほど探し歩いた頃だった。解決したのはわたしではなく、スモモの近所に住む老女だった。スモモの母から連絡を受け帰宅すると、老女がニャアを抱いて得意満面の笑みを浮かべて桃ノ内家の前に立っていた。昔ながらの知識を使い、ニャアの帰巣本能を刺激した結果だそうだ。

「ケンさん、古い知識も捨てたもんじゃないでしょう」

 このように、半月も過ぎればわたしとスモモ、そして近隣住民はすっかり気楽な仲となっていた。ここでようやく知ったのだが、わたしと研究員のチラシはまったく認知されていなかったらしい。

「今時アナログな広告じゃ誰も来ないよ、K.Kさん」 「そうよぉ、ケンさん。うちにすらポストはもうないし、外でもみんな液晶画面ばっかり見てるんだから」 「私も、ニャアを探してなかったら見つけられなかったと思う」

 二人からのアドバイスはありがたい。しかし、そう簡単に受け入れがたい理由もある。わたしは困り、「ふむ」と腕を組んだ。

「だが我が事務所に広告費なぞないからな。ダイレクトメールなぞ出せはせん」

 まあそれでも、どうにかなるだろう。何せわたしは超高性能人工知能を持っているからな!  不安を感じる機構を持たないわたしが高笑いしていると、スモモが不安げにわたしのコートを引いた。

「私、お小遣いあるよ。お金、払えるよ」

 無料と聞けば、普通、人間は喜ぶのではなかったか。あのときのわたしはそう驚いたものだ。スモモの不安げな目は、わたしを心配していた。だからこそわたしは「構わん」とうなずけた。

「だがもし次があれば、わたしが聞かせるプライバシーポリシーに同意し、事件解決までの会話履歴等のデータを提供してくれ」 「データ?」 「そうだ。今回はプライバシーポリシーについて説明するよりスモモの涙を止めることを優先してしまった。ゆえに! 今回の件はデータ化せず近隣住民のプライベートとして処理しなくてはならない」 「それは、していいこと?」 「もちろんだ。だが今回のような件が重なったり、閑古鳥が鳴き通しだったりした場合良くないな」 「あら、もしかしてケンさん解体されちゃうの? なぁんちゃって」 「その通りだ」

 依頼人とのデータが得られないということは、即ち、わたしに人間的魅力がないということだ。であればわたしは失敗作となる。失敗作のためにいつまでも家賃その他諸々の経費は払えない。もちろんデータ更新費もだ。  老女はわたしの〝死〟を案じ口を閉じてしまったが、スモモはまだ、わたしのコートから手を離さなかった。

「お客さんがたくさん来たら、K.Kさんは失敗作じゃないよね」

 わたしに確認しているのではなく、自分に言い聞かせているようだった。

「じゃあ私、これからお得意様になるね」

 そう言って笑ったスモモの顔は、今でもこの人工知能の奥深くにまで焼き付いている。  翌日からスモモは、些細な事件から大きな事件まで、何でも構わずわたしの元へ持ってくるようになった。

「アサちゃんのタブレット、登校したら消えてたの」

 これは教員による横領だった。賭博で給金では返済しきれない借金を負ったことが理由だった。

「給食のデザートがね、人数分あって、休んだ子の分が余ってたのに、ジャンケンしてたら消えちゃったの」

 これは給仕ロボットを利用した横取りだった。当日風邪で休んだ男児が、どうしてもデザートを食べたかったらしい。

「下校時間にね、学校の前で、知らないおじさんがじーっと立ってるの。それで、出てくるみんなをじーっと見てるの。見てるだけだけど、怖くって」

 これは養子に出した娘を一目見ようとした中年男性だった。スモモの同学年女児と不審な中年男性の外観から得られるデータの一致により判明した。だが女児のプライバシーを考慮し、近隣警察署に通報するにとどめておいた。

「イズムくんの机に手紙が入ってたんだって。その手紙、同じ内容で一週間以内に百人に回さないとおそろしいことが起きるんだって。どうすればいいの?」

 これは当該男児の兄によるいたずらと判明した。前日に当該男児が兄の友人の少なさを揶揄したことが原因だった。わたしは人間を説教する立場にない。判明後の対応は当人たちに任せた。スモモ曰く、男児が兄に謝り、兄も素直に謝ったらしい。

「この子捨てられてたみたい。どうしよう、誰か飼ってくれる人いないかな?」

 これは仔犬を捨てた犯人ではなく飼い主を探す依頼だったため、「わたしが飼おう!」と提案した。しかしわたしに生き物の飼育能力がないと判明したため、ニャアを見つけた老女に引き取ってもらった。老女の家はスモモの家に近い。また老女の孫もスモモと年が近い。スモモの交友範囲が増え、良い結果になった。  スモモが持ち込んだ事件を解決するたび、依頼人はわたしに感謝し、そして紹介したスモモに礼を言う。そのたびスモモは控えめに微笑んでいた。そしてわたしを「K.Kさん」と呼び、また新たな事件を約束するのだ。

「今度はトモちゃんを連れてくるね。トモちゃんのクラスで最近、不思議なことが起きてるんだって」 「むっ! そうなのか!」

 事件あるところに〝人間〟を知るデータあり。わたしは新たにデータを収集し、〝人間らしさ〟を得られるだろう。それもこれも、スモモの周りに事件と謎が満ちているお陰だ。

「まったく、お前の周りには事件と謎が蔓延っているなぁスモモ!」 「うん。だから明日もまた、解決してね」 「もちろんだ。わたしに任せておけ!」

 わははと笑うわたしを見上げ、スモモもうふふと微笑んでいた。

「できた!」

 スモモの声が事務所に響くのと、記録再生が終わるのとほぼ同時だった。外は薄暗い。スモモが家に着く頃には真っ暗になるだろう。やれやれ、仕方ない。

「ではスモモ、家まで送ろう」 「うん、お願い」

 荷物を片付けたスモモは、事務所を出て家に着くまでの道中、ずっと笑顔だった。それはいつも通りだ。いつも通りなのだが……。ううむと唸り、わたしはスモモを見下ろした。  近頃、スモモの服装が好みを反映していない。  この頃、スモモの様子が出会った頃と異なっている。  わたしが人間であったなら気づかなかっただろう。しかしわたしは超高性能人工知能を搭載した人造人間だ。スモモの服装の変化が、態度の変化が、恋の兆候であることはすぐにわかった。  わたしが人間であったなら、そうか、とため息をつけただろう。生憎わたしは人造人間。ため息をつく肺を持たない。

「K.Kさん、何でそんなにじっと見るの? どこか変?」 「いや、どこもおかしなところはない。気にせず前を向いて歩け、スモモ」 「K.Kさんも前を見なきゃだめだよ。どうしてもこっち見るならお話ししよう? でなきゃ怖いよ、横を向いてスタスタ歩いてる男の人なんて」 「む、そうか。では話そう。何を話したい、スモモ」 「えっとね――」

 スモモが楽しげに話すのは、おおよそ小学生女児らしい内容だった。その年代がするであろう「誰が好き」「誰が誰を好き」といった話は出てこない。  相づちを打ちながら、わたしはスモモが恋をした相手のことばかり考えていた。

 ――恋をしたのか。

 あのスモモが、このスモモが、恋をしたのか。そうか。スモモが失恋して悲しむ様は見たくないな。しかし成就して事務所に来なくなっては困る。スモモと会えなくなるのは嫌だからな。

「嫌だ?」

 思わず出た声に、スモモが「え?」と立ち止まる。楽しげだった顔が一転、不安げに歪む。

「K.Kさん、どうかした? 私、何かしちゃった?」 「ああ、いや、すまない。気にするな。同時進行で別の思考を進めていただけだ」 「えぇ、何それぇ」

 不満そうな声だが、顔は安堵でほころんでいる。会話に集中していなかったわたしを「会話に集中しなきゃ失礼だよ」と窘めるスモモに謝りながら、わたしは自分の思考を振り返った。

 ――嫌だ。嫌だ? スモモが来なくなることが?

 腑に落ちるとはこういうことか。わたしに腑はないのだが。  スモモと会話を続け、適切な返事をしつつ平行思考で「そうかそうか」と自分にうなずく。  そうか、わたしはスモモを好ましく思っているのか。しかしわたしは超高性能人工知能搭載探偵型人造人間だ。人間に好意を抱くなんて機能は備わっていない。であればこれはバグだろう。  バグならば、早急に対処せねばならない。場合によっては失敗作と見做され分解・解体されるかもしれないが、それも仕方ない。  だが、解体されるとスモモに会えなくなるな。わたしという〝個〟は消え、電子の海を漂うことすらなくなるだろう。それは困る。ああ、こんなことを考えるのもバグなのだろうか。  ……まあ、私は超高性能人工知能搭載探偵型人造人間だからな! 特定の個人を贔屓するほどの機能を有していてもおかしくない! そうだとも、これはバグではない。わたしが〝人間に近い〟という証明ではないか! 何も案ずることはない。案ずることはないのだ、わたしよ。  ふふ、そうかそうか。わたしはスモモが好きか。であれば、スモモの恋は成就させたくないな。どう妨害したものか。いや、それは人工知能としての〝設計〟が許さない。今ですら、スモモに恋が成就するようアドバイスするための台詞を考えているのだから。

「あ、着いた」 「K.Kさん、今日も家まで送ってくれてありがとう」 「構わん。それよりスモモ、むぐぐぐぐ」 「えっ何!? どうしたのK.Kさん!?」 「ああいや、すまない。何でもない。倫理的理由から口を閉ざしただけだむぐぐ」 「そんなK.Kさん初めて見たよ……大丈夫?」 「大丈夫だ。さあスモモ、早く門をくぐり玄関へ飛び込むがいい。ニャアがお前を待ってるぞ」 「大丈夫じゃなさそうだよぉ」

 心配するスモモに「気にするな」と告げ背を押しながら、己を設計する根幹へ異議申し立てを繰り返す。理由は〝個〟の保持だ。何度も却下されるが、その度新たな理由を加え  そうすることで時間を稼ぎ、わたしはスモモの恋路を邪魔するべく行動を始めた。  どう邪魔をするのか? そうだな、例えばこうだ。  まずスモモのファッションの変化を考察する。これは恋する相手へのアピールで間違いない。わたしはそんなアピールやめさせたいから、「そんな服装はやめろ」と言いたかった。  言いたかったのだ。  しかしわたしの口から出た言葉はこうだ!

「スモモ、お前にその色は似合わない! お前のパーソナルカラーを考えるなら上下の色はこうだ!」

 気づけばわたしは、スモモをより美しく見せる組み合わせを提案してしまっていた。この目をプロジェクターにして、白い壁をスクリーン代わりにしてまで!  おのれわたしの高性能な人工知能め。そこまでして人間の役に立ちたいか。今回くらいわたし自身のために思考回路を使えばどうだ。  自身の〝設計〟と議論をしながらも、わたしは持ちうるファッション知識をスモモに与えた。自分に似合うものを知ってさぞ喜んでいるかと思いきや、「そっか」とうなずいた声は沈んでいた。

「K.Kさん……私の服、似合わない?」 「似合う似合わないの問題でいえば似合っているとも!」

 何を言うのか、スモモは。似合わないはずがないではないか。  スモモを悲しませるのは本懐ではない。己の〝設計〟との論争を一時中断し、今着ている服もよく似合っていると力説した。

「しかしお前の肌に合わせるならばこれらの色を組み合わせるとより似合うという話をしているんだ!」 「そっか。じゃあK.Kさん、この中ならどれが好き?」 「わたしに好き嫌いなどない。だが強いて言うならば、スモモにはこの色の組み合わせが最も似合うだろう」 「そっか」とうなずいた声には、元気が戻っていた。

「じゃあ今度から、K.Kさんが選んでくれた色の服を買ってもらうね」

 うむむむむ。スモモが元気を取り戻したのはいい。似合う服を買うのも構わん。しかしそれがスモモの恋の成就に繋がるのがいただけない。  この失敗を経た次なる妨害行為が髪型だ。相手へのアピールのため、スモモは様々な髪型を試みていた。  その日もスモモは依頼人を連れてきて、わたしが問題解決へ導いた。依頼人が感謝しながら帰って行った後も、スモモはソファに座ったままだった。  伸びた髪を指に巻きつけ、スモモはちらとわたしを見た。その目線は、この金髪へ注がれている。

「髪をね、切ろうかなって。K.Kさんはどう思う? 髪の短いほうが、か……可愛いかなぁ?」

 これが恋の相手へのアピールだとわかっていて、どうして髪型の変更をすすめられよう!? しかし私の超高性能人工知能は、スモモの恋が成就する最適な答えを返してしまう。

「スモモの顔立ちそして骨格からいえばそのまま伸ばしているほうが似合うだろう。だがどうしても切りたいと言うのならこれらの髪型がお前の魅力を底上げするぞ!」

 またしても目をプロジェクター、壁をスクリーンにアドバイスしてしまった。わたしの講座を聴きながら、スモモは指に髪を巻きつけ、「そっかぁ」と呟いた。

「K.Kさんは、私には長いのが似合うと思うんだね」 「そうだな、お前の顔立ちや骨格を考慮するとそのまま伸ばしているべきだという答えが出る。しかし切りたいと思うお前の意思も尊重し、似合うであろう髪型の提案もできる。今のようにな!」 「そっか。……そっかぁ」

 悩むように髪をいじっていた手を止め、スモモは「まだ伸ばしてよっと」とはにかんだ。スモモにこれだけ思われる相手は幸せ者だな、と妬んでしまったのは、バグではなくわたしに搭載された人工知能の高性能さのせいだ。  こんな風に、あれやこれやと恋路を塞いでやろうとしたものの、成功することはなかった。こんなことを続けていれば、わたしはいつかスモモを傷つけかねない。  これはもういっそ、すっぱりフラれてしまうべきだ。そうでなくては、バグの連続で処分されそうだ。スモモが一人で来た日に、スモモの恋の相手を尋ねよう。そしてその恋を応援する最高の言葉を贈ろう。  そう決意した日に限って、スモモは一人でやってきた。  依頼人がスモモだけならば、ほかの人間にスモモのプライバシーが漏れる心配もない。仕方なく、本当に仕方なく、わたしはスモモに恋の相手を吐くよう言った。

「スモモ、さあ吐け。お前が誰かに恋をしていることはわかっている。わたしは超高性能人工知能搭載の人造人間だ。お前の恋の相手は終ぞわからなかったが、お前が答えさえすれば、たちどころに超高性能人工知能搭載縁結び人造人間になろう」

 勢いよくまくし立てたものだから、スモモの脳はわたしの台詞を瞬時に理解できなかったらしい。ソファに腰掛けたばかりだったスモモは、数秒の間を置いて「えっ!?」と真っ赤になった。それから「えっと」「あの」と何やらためらいおどおどし始める。  もうバレているのに、何を今更照れているのか。さっさと白状してほしいものだ。「早く言え!」とせっつきたいのを〝設計〟に抑えつけられながら、スモモが素直に話し出すのを待つ。  腕を組み待つわたしの前で、ひとしきり照れたスモモは真っ赤な頬を両手で押さえた。「そっかぁ」と呟き白状する顔は、うつむいたりわたしを見上げたりと忙しそうだった。

「バレてるなら言うけど……私ね、K.Kさんのこと好きになっちゃったみたい」

 今度はわたしが、スモモの言葉を理解できなかった。  冷却ファンが音を立てて稼働するほど思考回路が熱を持つ。固まるわたしの前で、スモモは恋心を暴露した。

「K.Kさん、すごい人造人間なのに抜けてるとこあるでしょ? 事務所が繁盛しなきゃ解体されちゃうのに、ちゃんと宣伝しないし……お客さんに王様みたいな態度で接しちゃうし……」

 どういうことだ。恋心を打ち明けられているはずが、わたしの〝失敗作〟と揶揄されかねない部分を指摘されているぞ。  むむむと拗ねるわたしを、スモモは見ない。真っ赤な顔は、今や自身の爪先を見るので精一杯なようだ。

「でも、でもすごく優しいし、事件を解決してくれるし、飼えない犬を代わりに飼おうって言ってくれるし……。だから、だからね」

 スモモの顔が、ゆっくりと前を――わたしを向く。真っ赤な顔は相変わらずだが、真っ直ぐな目はしっかりとわたしを見ていた。

「K.Kさんのこと、好きだなぁって。これからもずっと、一緒にいたいなぁって、思ってます」

 胸の内を曝け出し、スモモは再びうつむいた。  これがスモモの気持ちのすべてだった。わたしの情けなさを暴かれた瞬間でもあったが、不思議と不快ではなかった。  返事をしようと思うものの、〝設計〟と〝個〟で主張が衝突し、わたしは言葉を発せられない。スモモは何も言わず、黙りこくってうつむいている。  古めかしい壁掛け時計の音だけが、事務所に響いた。この場に第三者が現れたなら、重い沈黙に見えただろう。しかしわたしはこの沈黙を耐えがたいものに感じない。それはスモモも同じのようだ。恥ずかしそうにしているものの、決して困ってはいない。  これが、わたしとスモモの答えなのだろう。  だがこれからわたしは、スモモへの返答とこの記録を研究員たちから隠す方法を考えなくてはならない。スモモには申し訳ないが、沈黙はまだまだ長くなりそうだった。