怪人かーくんと人間のわたし

 かーくんはカミキリムシ型怪人だ。  顔は完全にカミキリムシだし、体もカミキリムシを無理矢理人型にした感じで見た目はすごく怖い。怖い上にキチン質でできた体はすごく硬い。  そんなかーくんだけど、すごく優しい。お父さんみたいにお腹を蹴ってこないし、お母さんみたいにタバコの火を押しつけてこないから。こんな優しい人、かーくん以外に知らない。  あの日だってかーくんは優しかった。土砂降りの雨の中、二人に家から蹴り出された私に、かーくんは手を差し伸べてくれた。

「大丈夫、じゃないよね」

 頭の触角で私に触れ、かーくんは少し迷いながらも私を助け起こした。

「きみ、名前は?」 「……にーな」 「にーなちゃん。よかったら、うち、来る?」

 そのまま家に連れて行き、一緒に住ませてくれた優しくお人好しなかーくんが、私は大好きだ。  かーくんが住むのは古くて汚いアパートだ。お風呂は銭湯に行かなきゃいけないし、トイレは住民全員で共用。だけど私にとって、かーくんとの生活はこれ以上ないほどの幸せだった。  かーくんと二人、風呂桶を抱えて歩く夜道で、月を見上げながら夜風に撫でられる時間は何より愛しかった。  バイトへ出掛けるかーくんに「いってらっしゃい」と言えること、帰ってきたかーくんに「おかえり」と言えることがどれだけ幸せか。それに「いってきます」と「ただいま」を返してもらえることが、どれだけ嬉しいか。  訓練と称して筋トレに励むかーくんの重りとして足の上に乗ったり背中に座るのは、かーくんの強さに貢献しているようで誇らしかった。  布団の中、素肌とキチン質の肌をくっつけ合うのはひんやりして楽しかった。冬はちょっと寒いけど、夏はちょうど良かった。  それから、寝ぼけてるとき私の髪をさりさり食べるかーくんの癖。私より頭二つ、いや三つ分は体の大きなかーくんが赤ちゃんのように髪を食む姿はとっても可愛い。何度「恥ずかしくないよ」「可愛いよ」と伝えても、かーくんは恥ずかしがった。そこがまた、可愛かった。  私が理由もなく悲しくなって泣き出したとき、おずおずと探るように触れてくる触角の優しさも好きだ。続いて、涙をすくうために伸ばしたとげとげしい手を慌てて引っ込め、パーカーの袖を被せてから涙を拭ってくれる手つきも大好きだ。  これらの「大好き」を伝えたことは一度もない。かーくんからも私へ「好き」と言うことはない。けれど私たちは一緒に暮らしたし、一枚きりしかない布団で身を寄せ合って眠った。かーくんの隣は、これまであった嫌なこと悲しいことすべて帳消しになるくらい幸せだった。

 これほど私に幸せを与えてくれるかーくんは、戦隊ヒーローたちに一度負けている。そのせいで改造手術を受けていて、次に負ければ、体に埋め込まれた自爆用爆弾が爆発して『おしまい』になってしまう。

「かーくんが死んじゃうの、やだな」

 窓から月明かりが差し込む真夜中、布団の中でかーくんにしがみつきながらぽつりとこぼす。かーくんは何でもないように「仕方ないよ」と返す。

「それが怪人の運命だから」 「何回でも改造手術してもらえばいいじゃん」 「うちの陣営、予算ないからなぁ」

 じゃあ、次の対決がなくなればいい。そう思って、私は行動に移した。  それは思ったより簡単だった。  戦隊ホワイトの職業が看護師なのも、この市内で一番大きな病院で働いているのも、かーくんのスマホで調べれば簡単にわかった。だから人気のない夜道で待ち伏せして、ホワイトが通りがかったら具合の悪い振りをしてうずくまった。  ホワイトはあのヒーローの中でも特にお人好しだから、簡単に騙された。

「大丈夫ですかっ?」

 心配して近づいたホワイトに、私は隠し持っていた包丁を突き出した。包丁がホワイトの体に沈み込む。ああよかった、練習なんてできなかったけど、『おしまい』の箇所に刺すことができた。  倒れたホワイトが私を見上げ「どうして」と切れ切れに問いかける。  どうして? そんなの決まってる。

「かーくんは私のだから、殺させないよ」

 それだけ言って、私は包丁もそのままにその場から駆けだした。  走って、走って、疲れて立ち止まって、また走って。  そうして帰ってきた私を見て、かーくんは泣きそうな、困ったような顔をした。もうニュースになったのかな。それとも、かーくんが私にくっつけてるカミキリムシから伝わったのかな。  私がやったことを知っても、かーくんは私を突き放すつもりはないらしい。ただ、「いいの?」と聞いた。

「いいの? 俺たちが勝っちゃったら、人間にいいことないよ?」 「かーくんが死んじゃったら、私にいいことないもん」 「そっか」

 かーくんはそれだけ言って、キチン質豊富な腕で私を抱きしめた。硬い腕だ。でも、私はこの腕より安心する腕を知らない。  腕に負けず劣らず硬い胸に頭を預けながら、次の獲物は誰にしようかと考える。

 ――かーくん、かーくんは私の怪人だから、私だけの怪人だから、誰にも殺させないからね。

 私の物騒な思考を知ってか知らずか、かーくんは優しい手つきで私の頭を撫でた。