目次
太陽の君
わたしが八つのときのこと。 領主であり騎士団団長を務めたことのあるお父様が、単眼族の子を連れて帰ってきた。単眼族はとっても大きい一族だって聞いてたけど、その子はわたしよりも小さくて、まだまだ赤ちゃんのようだった。そして、具合でも悪いのかぐったりしていた。 お父様は使用人に単眼族の子を渡すと、わたしへ向き直った。
「《《これ》》は親を亡くした子だ。良くしてやりなさい」 「はい、お父様」
お父様に言いつけられて、わたし、あの子が目を覚ますまでそばにいたわ。たった一つしかない大きな目が開くまで、家庭教師に叱られようともそばにいた。 単眼族の噂はいろいろ聞いたことがあるけれど、本物を見るのは初めて。でも、お父様が「良くしてやりなさい」ってわたしに言うくらいだもの。きっと優しくて素敵な子のはずだわ!
「あ」
大きな目が、ぱちりと開いた。その瞬間、わたしは思わず声を漏らしていた。だって、とてもきれいな目だったから。まるで翠玉みたいな、もっと不思議な輝きを持った、美しい目。
「ご機嫌よう。気分はいかが?」
やっと目を覚ましたその子は、わたしの言葉がわからないようだった。そういえば、単眼族はわたしたちとは違う言葉を使うと聞いた気がする。異なる言葉で意思疎通を図るのは難しい。この子は|この家《うち》で暮らすのだから、こっちの言葉を覚えてもらったほうがいいわよね? そう思ったから、わたしはこの子にわたしの名前を教えた。
「ロレッタ。ロレッタよ。わたしはロレッタ」
身振り手振りで、名前を伝える。その子は大きな目に警戒の色ばかり浮かべて、ちっとも返事をしてくれなかった。 でも、わたしはめげなかった。だってこの子の大きくきれいな目、いつも寂しさと悲しさでいっぱいだったんだもの。 それから毎日、わたしはこの子にかかりきりになった。 美味しいものは何でも半分こした。 楽しい遊びにはいつも誘った。 泣いてる夜は、泣き止むまでそばにいてあげた。 わたし、目一杯あの子に良くしたわ。 その甲斐あってか、あの子もわたしに心を開いてくれた。手を差し伸べれば繋いでくれるし、庭での駆けっこに誘えばついてきてくれるようになった。最初は嫌がっていた湯浴みだってきちんとするようになったし、手掴みだった食事もわたしを真似て食器を使うようになった。 とってもいい子だけど、ひとつだけ困ることがあった。あの子はとっても無口で、わたしとなかなかお話ししようとしないし、名前も教えてくれないの!
「いつも〝あなた〟なんて呼んでちゃ不便だわ」
駆けっこの最中、わたしたちは疲れ果てて芝生に座り込んでいた。庭師も近くにいないし、お目付役の使用人もお茶の用意をするため屋敷に戻っている。聞くなら今だと思ったから、わたしはあの子に名前を聞いた。
「あなたの名前は?」
あの子は大きな目で空を見て、少しの間考え込んで、それから口を開いた。
「×××××」
単眼族は、わたしたちと言葉が違う。だけどここまで違うなんて! 発音がちっとも聞き取れず、わたしは首を傾げてしまった。 いけないわ、こんな仕草をしてしまうなんて。はしたないわ、淑女なのに。 わたしが首を傾げたせいで、あの子はもう一度うーんと考え込み、それからわたしにもわかる言葉で教えてくれた。
「め。みどりの、いしの、め」
緑の石の目。 きれいな名前だわ。わたしたちの言葉で表すなら――。
「じゃあこれから、あなたはジャドね」
あの子――ジャドはほんの一瞬、不満そうに口を尖らせた。けれどすぐ「まぁいいか」と言いたげな、ちょっと大人びた顔をして、それから「うん」とうなずいた。 ジャド、ジャド! うん、我ながらいい響きを思いついたものだわ。不満そうな顔をされたのが残念だけど、受け入れてくれたのだからよしとするわ。
言葉が通じるようになってきても、ジャドはとても、とってもいい子でいてくれた。なんて素敵な《《弟》》かしら! 例えば、わたしが淑女らしくないこと――たとえば庭で駆けっこをしようと言い出したり、かくれんぼをしようと提案したり――をしようとしても、叱らない。それどころか、一緒に楽しんでくれる。ジャドが笑い転げるとね、鈴を転がしたみたいな、とっても可愛い声なのよ。 食事を半分こするなんて本当はお行儀が悪いんだけど、ジャドは「だめ」なんて言わない。おやつだったら蜂蜜の多い部分をわたしへ譲ってくれるし、夕飯時ならわたしの苦手な酢の物をこっそり食べてくれる。ジャドは好き嫌いがないみたい。わたしよりもいい子だわ! 家庭教師の先生が怖くてわたしが陰で震えてるときなんて、ずっと付き添っててくれたし、一緒に授業も受けてくれた。ジャドがいると先生はなぜだか怖がってわたしに鞭を使わないから、あれはとっても助かったわ。
「あの単眼の子供とはうまくやれているか」
遠征から帰ってきたお父様にそう尋ねられ、わたしは胸を張って答えた。
「ええ、もちろん! とっても仲良くしてるわ!」 「そうか。それならばいい」
お父様はすごい人なの。騎士団を離れた今も、国を守る、とっても尊いお仕事をなさってる。わたしもいつか、お父様みたいに国のために何かができる人になるの! でもその前に、ジャドに良くしてあげなくちゃいけない。親を亡くして、寂しくて夜に泣いちゃう子だもの。もっともっと、楽しい、嬉しい、素敵で心を満たしてあげなくちゃ! そう張り切りだした矢先だった。わたしは、ジャドがお出かけする準備をしているのを見つけた。わたしに相談もなく、こそこそと、たった一人で。
「どこ行くの?」
近づき尋ねると、ジャドは驚いた様子も泣く「山、森、川」と短く答えた。わたしたちの言葉を覚えてる最中だから、ジャドの返事はいつも短いし、ちょっと変。
「一人で?」
もう一度尋ねると、ジャドはこっくりうなずいた。 一人でお出かけだなんて、そんなのさせられないわ! だってジャドはわたしより小さくて、世間知らずで、まだまだ危なっかしいんだもの!
「わたしも行く!」
ジャドはすぐさま「だめ」と首を振った。何だかすごく慌ててるみたい。どうしてだめなのか、尋ねてみてもジャドは首を振るだけで理由を教えてくれない。両手で口を両手で塞いで、ぶんぶん頭を横に振るだけ。
「言えないの? 一番の仲良しなわたしにも?」
ジャドは何度もうなずいた。わたしは、自分が口を尖らせるのを止められなかった。淑女らしくない振る舞いを見られたくなくて、反射的に、ぷいとそっぽ向いて誤魔化した。
「じゃあ行かない」
視界の端で、ジャドがおろおろしているのが見える。でも、わたしがついてこないからほっとしてるのもわかった。 ジャドが出かける先は、わたしじゃ怪我をするような場所なのかもしれない。もしかしたら、とっても遠くへ行くのかもしれない。
「ついてかないから、怪我しないで帰ってきてね」
自分でも、なんて拗ねた声だろうと驚いた。淑女らしくないわ。でも、でもだって、ジャドが帰ってこないなんて耐えられないんだもの。 ジャドは、大きくうなずいてくれた。帰ってくるよと約束して、小さな体でよちよち歩きながら出て行った。
そうして一人で出かけたジャドは、一日を終えても帰ってこなかった。
心配するのはわたしだけ。三日が過ぎても帰ってこないジャドを探しに行こうとしたけれど、じいやや家庭教師たちに止められた。 一週間が過ぎた頃、ジャドの不在がお父様の耳に入った。それなのにお父様は、ジャドの心配なんてしなかった。
「《《あれ》》が街中で暴れるようなことがあれば、私が動くだろう。そうでなければ捨て置け」
ジャドを《《あれ》》だなんて! お父様がそんなに冷たい人だなんて思わなかったわ!
わたしは抗議したけれど、誰も味方なんかしてくれなかった。それどころか、ジャドがいなくなって清々したと言わんばかりの態度! ひどいわひどいわと半月を泣き暮らしても、ジャドは帰ってこなかった。
もしかしたらジャドは、一人が寂しくて泣いてるのかもしれない。 もしかしたらジャドは、どこかで怪我をして動けなくなってるのかもしれない。 もし、もしもジャドが、怪我をして動けなくて、お腹もすいて、のども渇いて――死んで、しまったりしていたら。
ひとりぼっちのベッドで、わたしは膝をつき手を組み、窓の外に向かって祈った。
「神様、神様。家庭教師の授業を真面目に受けます。ダンスなんて大嫌いだけど、上手になれるよう一生懸命練習します。おやつに蜂蜜たっぷりのパンケーキが出なくても拗ねません。お母様にお父様の元へ帰ってきてと駄々をこねる手紙も出しません。だから、だからジャドを無事に帰らせてください」
その日から毎晩毎晩、神様に向かってお祈りをした。祈りが届いたのか、ジャドが出て行って一ヶ月が過ぎた日。ようやくジャドが帰ってきた。 大急ぎで玄関へ向かい、わたしは転がるようドアに飛びついた。そうして出迎えたジャドは、泥だらけの砂埃だらけ。髪の毛や荷物には葉っぱや草があちこちくっついてるような状態だった。 怪我はないかあちこち確かめたけど、ジャドの体には擦り傷一つなかった。
安心したら、泥だらけの体が気になり出した。きれいにしなくっちゃ。ただでさえ、みんなジャドに良い感情を持ってないんだから。 使用人たちに湯浴みの準備をさせなくちゃ。きっとお腹もすいてるわよね。パンケーキの準備も必要だわ。もちろん、蜂蜜はたっぷりと! あれこれ準備をするわたしの袖を、ジャドがくいと引いた。
「ロレッタ、ロレッタ」 「なーに?」
わたしよりまだまだ小さいジャドを見下ろせば、翠玉のような目がわたしだけを見上げていた。
「太陽ある時間、月が見てる時間、おれの横にいて」
聞いたことのない言い回しに、わたしは首を傾げた。 太陽がある時間ってことは昼間よね? 月が見てる時間は夜? 横にいてって、一緒にいようってことかしら?
「ええ、いいわ」
わたしはうなずいた。わたしとジャドは仲良しだもの! 一緒にいるのは当たり前だわ。
「朝も夜も、一緒にいてあげる」
ジャドの言い回しって時々、とっても変。だけどわたしは気にしないの。だってジャドが、とってもとっても嬉しそうに笑ってるから。 それからジャドは、慌てたように荷物をごそごそやったかと思うと、わたしにきれいなものを三つも差し出した。
「ロレッタ。これ、もらうして」 「いいの? きれいね」
ジャドがわたしにくれたのは、淡く輝く白い花。それから、ちかちか光る不思議な形のとげとげした石。そして最後に、まるで金を糸にしたような糸の束。 どれもこれもきれいで、不思議な光を放ってる。「これなぁに?」と尋ねても、ジャドは照れくさそうに笑ってくねくねと身を捩らせるだけ。ジャドって、いい子なのにほんと変。
「んへへ」 「なぁに、変な笑い方」 優しくて、いい子で、そして変わった子。だけどあんまり嬉しそうだから、わたしも一緒になって笑顔になってしまう。 いつもそうなの。ジャドが悲しそうだとわたしも泣きそうになるし、ジャドが嬉しそうだとわたしも笑ってしまう。
「ほらジャド、早く体を洗って! そしたら次は、お庭で遊ぶんだから!」 「はぁい」
可愛いジャド! 弟みたいなジャド! まだまだ甘えん坊なんだから。これからもわたしが、しっかりお世話してあげなくちゃ!
とことこ歩くジャドと手を繋ぎ、浴場へ向かう。 わたしを見上げるジャドの目に、知らない炎がある気がした。ジャドの深緑の目が、炎のように輝いたように見えた。でももう一度見たとき、それはいつもの緑の目。 きっと気のせい。気のせいよね。 心の中でそう言い聞かせるわたしをジャドがうっとりと見つめていたことを、わたしは知らなかった。
翡翠の目
何も見えない。動けない。おれは耳を澄まし、聞くだけだ。
「なぜそうも我らを嫌う、双眼の一族よ」
聞こえるのは、父の声、伯父の声、大叔母の泣き声。それから、目が二つある奴らの、恐ろしい咆哮。 もぞりと動く。おれを潰さんばかりに抱きしめる母の顔が、やっと見えた。母の顔の、その真ん中。そこにある大きな大きなまん丸の目から、ぽろぽろと涙が落ちる。
「この子だけは、この子だけは」
それ以上、母の声は聞こえなかった。聞こえるのは、ごぽりごぽりと水の中で息を吐くような音。それから、金物が触れあう音。 いやなにおいが、おれたちの住まいに広がる。いやな音が、おれたちの住まいに反響する。
「オイオイ、タンガンゾクノコドモガイルゼ」 「コイツモコロシチマオウカ」 「タンガンゾクヲコロセッテ、ヘイカカラノメイレイダモノナァ」 「メイレイニソムクワケニャア、イカンヨナァ」
こいつらが何を言っているかはわからない。けれど、おれがこいつらを、一生許さないだろうことは確かだ。 もう息絶えた母の腕の中、おれはたった一つしかない目で双眼の奴らを睨んだ。奴らは口の端を吊り上げ、ギラギラ光る目でおれを見下ろし、身の丈にそぐわない大剣を振り上げた。
「コロスナ」
父の血のにおいをまとった奴が、何か言った。大剣を振り上げた奴らの手が止まる。父のにおいをまとった双眼族が、また口を開く。
「ドンナモノデモ、コドモナラバコロスナ」
母を殺した双眼族が、そいつに向かって何か言う。そいつは目だけで黙らせると、「コロスナ」と繰り返した。
「フクシュウノケンリヲモツモノヲ、コロスナ」
ああこいつは、とても勝手なことを言っている。父を殺しておきながら、おれを生かそうとしている。こいつだけは、こいつだけは――。 母の腕から飛び出そうとした瞬間だ。体に衝撃が走って、おれの目の前は真っ暗になった。 次に目が覚めた頃、おれは双眼の子供に覗き込まれていた。
「ゴキゲンヨウ。キブンワイカガ?」
あいつと似たにおい。けれど、あいつより甘くていい匂いがする。 どうやらおれは、双眼族の住み処に連れてこられたらしい。ここで生かされるようだ。 あいつのことは大嫌いだ。いつか殺してやる、父や母と同じ目に遭わせてやる――とは思ってる。でも、《《あの子》》は違う。
「ロレッタ。ロレッタよ。わたしはロレッタ」
ロレッタ。 何度も繰り返され、それがあの子の名前だと知った。 ロレッタが飽きずにおれに構い続け、おれに言葉をかけるから、ロレッタの言葉はわかるようになった。
「あなたの名前は?」
名前。おれの、名前。父と母がくれた名前は――。
「〝|×××××《翡翠の目》〟」
おれの名乗りに、ロレッタは首を傾げた。おれの発音が聞き取れなかったらしい。ロレッタが使っていた言葉を組み合わせ、おれはロレッタにもわかるよう、自分の名前を紡ぎ直した。
「め。みどりの、いしの、め」 「緑の石の目? おしゃれな名前ね! じゃあこれから、あなたはジャドね」
おれの名前は〝翡翠の目〟だ。じやどなんて変な響きの名前じゃない。違うのに、おれはまあいいかと受け入れてしまった。 ロレッタがそう呼ぶのなら、それはまあ、悪くない。 ロレッタと過ごすのは、楽しい。この住み処にいる奴はどいつもこいつもおれを避けて、時に蔑む。だけどロレッタは、そんなことしない。おれを連れて外を転げ回り、屈託なく笑う。
ロレッタが笑うと、おれも笑ってしまう。 ロレッタはおれの太陽だ。
ロレッタは優しい。 夜、父と母を思い出し泣いていることを知ると、おれを自分の寝床へ連れていってくれた。ふかふかした寝床は落ち着かなかったけれど、ロレッタがずっと撫でていてくれたのは心地よかった。 その夜は。母に抱かれ寝た夜を思い出し、ぐっすり眠れた。 ロレッタは、おれの月だ。 ロレッタは楽しくて、優しくて、いい子だ。ロレッタなら、目が二つでも気にならない。ロレッタがつがいになってくれるなら、子供の目が二つどころか三つだって構わない。
――ロレッタに、おれのつがいになってほしいな。
双眼族は、きれいなものが好きだ。だから、おれの父や母たちを殺して、おれたちの作ったものや掘り出した石を持っていった。
――ロレッタも、ああいうものが好きかな。おれがいっぱい集めたら、好きになってくれるかな。
だったら、集めよう。おれが見つけたいものは、山で、森で、川で、見つかるものだ。あいつらの目では見つけられないものを、ロレッタの太陽みたいな目でも見つけられないものを、探しに行こう。 そうと決まれば、早く探しに行かないと。 ロレッタの住み処はとても広いし、草木もたくさんある。でも森にはほど遠いし、山にはもちろん及ばない。ロレッタの住み処を出て、本当の山へ、森へ、川へ行かないと。
「どこ行くの?」
おれがごそごそと旅支度をしているのを見て、ロレッタが首を傾げた。おれが短く「山、森、川」と行き先を告げると、ロレッタは「一人で?」とまた首を傾げた。うなずけば、ロレッタは「わたしも行く!」とおれを真似て外へ出る準備を始めた。 それはいけない。ロレッタが外で遊ぶのとは訳が違う。ロレッタの足はたくさん歩くのに向いてないし、ロレッタのお腹は空腹に慣れてない。喉の渇きなんて、言うまでもない。 おれは慌てて首を振り、ロレッタを止めた。
「だ、だめ」 「なんで?」
言えない。ロレッタに求婚するための贈り物探しに出るなんて、ロレッタに言えない。宣言してから探しに行くなんてかっこ悪いこと、単眼族はしないのだ。
「言う、できるない」
口を両手で塞ぎ、秘密だと身振りで伝える。ロレッタは不満そうに二つの眉をぎゅっと寄せた。
「言えないの? 一番の仲良しなわたしにも?」
そうだ、とうなずく。ロレッタは拗ねてしまい、むぅとほっぺを膨らませた。「じゃあ行かない」とそっぽを向きながら、横目でちらとおれを見る。
「ついてかないから、怪我しないで帰ってきてね」
おれは何度もうなずいて、ロレッタの住み処を出た。 ロレッタの住み処からは、二つの道がある。一つは、双眼族がたくさん集まる集落へ道。もう一つは、深い深い森への道。 おれたちが住んでいた山や森とは異なる匂い、おれたち単眼族がいない森の匂いだ。それが少し、寂しい匂い。 でも寂しがってなんかいられない。ロレッタに求婚するために、つがいになってもらうために、とっておきの〝きれいなもの〟を探さなきゃいけない。
たどり着いた森で、その先の山で、川で、おれはきれいなものを一生懸命探した。 見つけられたのは三つのきれいなものだ。
一つは、月光をまとう花。これは森の中、生い茂る木々がこの花のために隙間を空けたような、空がよく見える場所で見つけた。 この花に水は必要ない。必要なのは月明かりだけだ。母に教わったように月明かりをたっぷり浴びせたら、花束にしても一年は枯れない。
一つは、ぴかぴか光る星屑。これは山の頂上で見つけた。 空から落ちた星屑は、やがて光を失う。けれど、遮るもの一つない山の|頂《いただき》に落ちた星屑は、自分がまだ空にいるものと勘違いして輝き続ける。この星屑も、父に教わった通りに扱えば長く光り続けるはずだ。
一つは、太陽の光が集まってできた糸束。これは川の底で見つけた。 水面から川底へ差し込む光は段々と細くなり、やがて本物の糸になる。できあがった糸は軽く、すぐに流されてしまう。これをかき集めるのには苦労した。でもそのお陰で、金糸銀糸に負けない輝きの糸が集まった。
この三つの贈り物を、ロレッタは喜んでくれるだろうか。受け取って、おれのつがいになってくれるだろうか。 早くロレッタのところへ戻らなきゃ。早くロレッタにこれを渡さなきゃ。 急ぐ帰り道、おれははたと思い出した。 そうだ、そうだ。 双眼族は、贈り物だけじゃ足らないんだ。求婚は、言葉にしなくちゃいけない。 どんな言葉を贈ろうか。おれはどんな言葉で、この気持ちを伝えようか。
悩みに悩み、ようやく贈る言葉が決まった頃、ロレッタの住み処が見えてきた。 ロレッタの住み処の、おれにはまだ大きい扉を叩く。|使用人《シヨウニン》の声がして、続いてドタバタ激しい足音がして、それから転がるようにロレッタが出てきた。
「おかえり!」
歓迎する言葉とは裏腹に、ロレッタの眉はきりりと吊り上がっていた。どうやら、怒っているらしい。
「すっごく心配したのよ。ジャドったら、一ヶ月も帰ってこないんだもの!」
三つの贈り物を探すのに、思ったより時間はかかった。だけど、太陽と月が三十回ほど交差した程度だ。そのくらいなら、怒るほどじゃないと思う。 でもロレッタがおれを心配してくれたなら、素直に謝ろう。ロレッタがおれを思って、おれの無事を心配していたのだから、謝らなくちゃいけない。
「ゴメンね、ロレッタ」
謝るときは、「ゴメン」だ。覚えた双眼族の言葉で謝ると、ロレッタは「許すわ!」と腰に手を当てたままうなずいた。 それからロレッタは、おれの体に怪我はないか調べて、泥だらけのおれのために湯浴みを手配してくれた。 ロレッタはやさしい。やっぱり、おれはロレッタが好きだ。
「ロレッタ、ロレッタ」 「なーに?」 「太陽ある時間、月が見てる時間、おれの横にいて」
ロレッタは首を傾げたけれど、すぐにうなずいた。
「ええ、いいわ。朝も夜も、一緒にいてあげる」
――おれの求婚を、ロレッタが受け入れてくれた!
これ以上嬉しいことなんてない。今すぐロレッタを抱き上げ飛び跳ね踊りたいくらいだ。でもその前に、贈り物を渡さないと。
「ロレッタ。これ、もらうして」 「いいの? きれいね」
おれの贈り物一つひとつ確かめ、時に「これなぁに?」と尋ねながら、ロレッタはおれの求婚の証をもらってくれた。 ロレッタは、おれの求婚を受け入れた。
「んへへ」 「なぁに、変な笑い方」
嬉しくて、思わず笑いが漏れた。笑うおれに「変なの」と言いながら、ロレッタも太陽のように笑う。 笑いもするさ。これでおれたちはつがいなんだもの。ずっとずっと、一緒なんだもの。 太陽が昇って、月が沈んで、それを千年繰り返しても、一緒にいようねロレッタ。