龍の遺骸は腐るのか

 それは素朴な疑問だった。

「龍の死骸は腐るのだろうか」

 神として祀られる龍の生態は謎に包まれている。しかし彼らとて生きているのだ。であれば、彼らの亡骸も我々同様腐るのか。  それを知りたくて、私は死期の近い龍を探し出し、密着した。  持ちうる財をすべてなげうって、人との付き合いもすべて捨てて、龍を追った。追い続けた。  生涯をかけて追った龍の最期は、静かなものだった。  音もなく空を飛び、山を越え、乾いた谷底へ体を横たえる。くおん、と一声鳴いて目を閉じれば、終わりだった。  ああ、とため息が出た。 死んでしまった。  あんなに美しかったのに、死んでしまった。  無我夢中で追いかけているうちに、私はあの龍を親しい間柄のように感じてしまっていた。もう開かない龍の瞼を見て、私は一筋涙を落とした。  しかし、悲しんでばかりいられない。私はこれからを見るために、龍を追ってきたのだ。  龍を見下ろせる場所にテントを張り、私は龍のすべてを見届けた。

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 一日目。  変化は鱗から始まった。翡翠色の美しい鱗が、赤々と燃えだしたのだ。水神と祀られる龍が死後発火するとは思わなかった。  龍の鱗は、一枚一枚がゆっくりと燃えていた。ある一枚が、翡翠色から徐々に琥珀色に変わっていく。そして気づくと橙色になり、熾火のよう小さな赤が混ざり出す。  すべての鱗が燃え出すまで、なかなかの時間がかかった。私はテントから毛布を持ち出し、谷底をじっと覗き込んだ。夜の闇の中燃える鱗は、もう少し控えめだったら、花嫁行列の行灯に見えたかもしれない。  眠るのも惜しみ、私は龍の鱗が燃える様を観察し続けた。

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 二日目。  夜通し燃えた鱗が、灰になった。翡翠の面影はどこにもなく、遺骨を思わせる色になっていた。燃え尽きる前に一枚でも取っておけばよかった――と少しだけ後悔した。  私の後悔を笑うように、風が吹いて灰となった鱗を巻き上げた。舞い上がった灰が、山へと運び去られていく。  あの灰は、山の草花の糧になるだろうか。命とは循環するものなのだと改めて思わされ、感心し、そして少しの切なさに胸を痛めた。

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 三日目。  灰となった鱗がすべて吹き飛び、皮が露出した。鱗と同じく、うっすらと緑がかった白い皮だった。  その露出した皮ら何かがこぼれだしていた。私は谷へ降り、龍の亡骸へ近づいた。  触れて、確かめる。  こぼれ出るのは土だった。筋肉ではなく土が溢れるとは予想外だ。しかし、龍は鱗が燃えるような生き物だ。鱗が燃える間に筋肉が土に変わっていても不思議ではない。  土がこぼれ出る勢いは増し、そばにいると生き埋めになりそうだった。私は谷を這い上がると、テントのそばへ避難し、そこから再び観察を続けた。

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 四日目。  こぼれた土が谷に広がり、そこから草木や花が芽吹きだした。芽吹いたそばから成長し、花をつけ実をつけ、種を落とす。  目まぐるしい成長に、私は文字通り目が回ってしまった。そのせいで、龍の亡骸に近づくものに気づけなかった。  龍の亡骸に近づいたのは、山の動物たちだった。近くの山から降りてきたらしい。今も、私のそばを鳥や動物たち通り抜けていく。私に目もくれず、怯えもせず!  やってきた動物たちは、新芽を食べたり、運んできた新たな種を土に落としたりと忙しそうだ。  あの営みの輪に、人間の入る余地はない。それが少し、寂しかった。

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 五日目。  広がる土がぴたりと止まり、龍の亡骸と同じ形の、丘と呼べる地形ができた。  忙しそうにしていた動物たちの半分が山へ戻り、半分がここに残った。これからは、ここが彼らの住まいとなるようだ。  龍の遺骸は腐るのか。その疑問の答えは、以上だ。  疑問を解決する記録を終え、私は静かにテントを畳んだ。生涯をかけて追い求めた答えがわかった。だが私は燃え尽きてはいない。新たな疑問が湧いてしまったのだから。

「龍の骨はどうなったんだ?」

 土が広がり、一日にして谷は埋まってしまった。その間、私はずっと気になっていた。  鱗の下、皮の下、肉の下、骨はあっただろう。なかったはずがない。骨は、いったいどうなった? 石や岩となったのか? あの土に混ざり、肥やしとなったのか?  調べようにも、今あの丘では新たな命の営みが始まっている。掘り返しては生態系を狂わせてしまう。  ではどうやって調べるのか? それはもう一度、龍を探すしかない。

「私の寿命が尽きるか、寿命の尽きる龍が見つかるのが先か。これはまた、新たな生きがいが見つかってしまったなぁ」

 野営道具を片付け含み笑いをこぼす私に、頭上から小鳥たちが呆れたような歌声が聞こえた。