昔々、あるところに。拾われっ子ミラという女の子がおりました。 ミラが捨てられていたのは、とある町の海辺です。拾ってくれたのは商談に来ていた羽ペン職人の親方で、子供に恵まれなかった彼はそれはそれは大事にミラを抱え上げ、海辺から遠く離れた自分の家に連れ帰りました。 親方の愛情を一身に受けて、ミラはすくすく育ち、十になりました。この頃にはもう、ミラは親方の仕事を手伝い始めていました。と言っても、ミラはペン先を削る職人ではなく、材料である羽集めをする下働きです。ミラが親方に差し出す羽はどれも上等で、ミラが持ち帰った羽で作るペンは、羽ばたく鳥のように売れました。
「どこでこんなきれいな羽を手に入れるんだい?」
親方の問いに、ミラは素直に答えます。
「お外に出ると、羽のある生き物がわたしのそばに寄ってくるの。その中で一等きれいな羽を持つ鳥さんに、羽ペンにする羽をくださいってお願いするだけ」
聞き耳を立てていたお弟子たちが真似をしても、当然、ミラのように羽を手に入れることなんかできません。親方はミラを特別可愛がり、大事にしました。 これを面白く思わないのが親方の奥さんです。親方に可愛がられるだけでなく、ミラはとっても美人でした。ミルクのような白い肌は、ほんのりと薔薇色。金糸を紡いだような髪は豊かに波打ち、瞳は穏やかな海を思わせる深い青。対する奥さんは、藁みたいなぼさぼさ頭にそばかすが散る浅黒い肌。ずる賢い狐のような目は、黒に近い茶色。奥さんはミラの何もかもが面白くなくて、親方の目がないところではいつもいじめます。それでもミラは拾われた恩を返すため、親方のために毎日毎日、上等な羽を差し出し続けました。 ミラが十四になった年です。親方が作るペンの噂を聞いた王様が、親方と奥さんをお城へ呼びつけました。金ぴかの王冠を被った王様は、椅子に座って親方たちに命じます。
「この国一番と噂されるお前に、余のサインを書くためのペンを作らせよう」
王様からお仕事をいただくなんて、とんでもなく光栄で、とんでもなくお金がもらえます。親方も奥さんも、地べたに頭をこすりつけるほど下げながら一も二もなくお仕事を受けました。王様はうむうむとうなずいて、続けます。
「王である余が使うペンは、ほかの誰とも違うものが望ましい。余のペンに使う羽は、ペガススの翼から取ってこい」
ペガススを見つけた者はたくさんいます。しかし、ユニコーンのように捕まえることに成功した者はいません。親方は一度は受けた仕事を断ろうとしましたが、奥さんが遮るようにうなずいてしまいました。
「お任せください。うちのミラは、それはそれもう、羽を取ってくるのが上手なんです。きっとあの子なら、何年かかってでもペガススの羽を取って来ましょう」 「ほう。羽を用意するのはその方の娘か」 「ええ。拾い子ですが」 「だが何年も待てん。一年だ。一年で、余のペンに使う羽を用意せよ」
王様はそう言って、二人を家に帰しました。親方は肩を落として、奥さんは浮き足だって家のドアをくぐりました。帰って早速、奥さんがミラに命じます。
「さあ、ミラ。仕事だよ。ペガススの羽を取ってくるんだ。一年で取って戻ってこなきゃ、お前は罪人、縛り首だからね!」
無茶を言う奥さんを、もちろん親方は止めました。しかし奥さんは耳を貸さず、ミラに少ない食料と水を持たせて家から追い出します。振り返ったミラの目と鼻の先で、ばたんとドアが閉じました。ミラは嫌々、ペガスス探しの旅に出ることになりました。 とぼとぼ歩き出したミラの周りには、羽の生えた生き物が絶えずやってきます。肩に止まる小鳥や頭の上を旋回する蜂たちに、ミラはペガススの居場所を尋ねました。
「ねえ、誰かペガススのいる場所、知らない?」 「知ってるよぉ」 「ペガススは海辺で休んでいたよ」 「ミラもよく知ってる場所さ」 「何せきみが捨てられていた場所なんだから!」
鳥たちに、虫たちに案内され、ミラは自分が捨てられていた海辺へと歩き続けました。 海辺に辿り着いたのは、七つ月が沈んで、八つ太陽が昇った朝でした。 ペガススは波打ち際で眠っていて、ミラの音で目を覚ましたようでした。ペガススはミラを見るなり、慌てて海へ逃げようとします。沖へと駆け抜けていこうとするペガススを、鳥や虫たちが羽を持つ者のよしみで引き止めてくれたので、ミラは泳がずに済みました。 砂浜に戻ってきたペガススは、ゆっくりした足取りでミラの前までやってきました。目の前に立つペガススの気高さ、美しさといったら、ミラが今まで見てきたどの鳥の美しさも翳むほどです。 気圧されるミラの鼻先に、ペガススの顔が近づきます。海のように穏やかで、それでいて力強い目が、ミラをじっと見つめました。その目を見ていたら、ミラの目から、後から後から涙がこぼれました。
「あなたの羽を、持って帰らないといけないの」
ミラは顔を覆って、泣きだしてしまいました。
「でも、持って帰ったってわたし、お母さんにまたいじめられるわ。お父さんが見ていないところで、いつもいじめられるの。もう、もう、耐えられない」
周りの鳥や虫たちが、ペガススにミラの言うことが本当であること、親方は優しいけれど奥さんはひどい人であることを告げます。鳥と虫たちの話、そしてミラの身の上を聞いて、ペガススはミラを気の毒がりました。
「わたしは星座になるのだが、きみも来るかい」
聞けばペガススは、満月になる今夜、天高く飛び、月の女神様のところへ行くのだそうです。女神様に魔法をかけられると、その生き物は空の上からあまねく生き物を見守る星座になれるのです。ミラは迷うことなくうなずきました。優しい親方と離れるのは寂しいですが、それ以上に、奥さんから解放されたかったのです。 鳥たちの翼を借りて、ミラはペガススの背に跨がりました。ミラが遠慮がちに金色のたてがみを掴むと、ペガススはミラを振り返りました。
「月は遠い。わたし一人なら月が見える頃に飛び立っても間に合うが、背中にきみがいると、今から飛ばなくては間に合わない」 「いいわ、飛んで。お父さんに挨拶もできないのは悲しいけれど、わたし、もうどこか遠くへ行ってしまいたいの」
ミラの返事を聞いて、ペガススは嘶き、砂を蹴りました。大きな翼が広がり、力強く羽ばたきます。
「では行こう、ミラ。わたしと一緒に、星座になろう」
飛び立つペガススを追って、鳥たちも、虫たちも地面から離れます。高く、高く、ペガススは飛んでいきます。遠く、遠く、虫も鳥も追いつけないほどに。最後の鳥が力尽き追いかけるのを諦める頃。月は空にぽっかり浮かび、ペガススとミラは、吸い込まれるように月に向かっていきました。 そうしてミラはペガススとともに、夜空を飾る星となったのでした。