うちの管狐たち五匹が、ストライキを起こした。
「ミサキ、おれたち《《すとらいき》》するから!」 「え?」
1Kの狭い部屋、ローテーブルに広げた領収書の山をどうにか金に換えられないものかと頭を抱えていた時のことだ。ぽかんとする私に、管狐たちはそれぞれの要望を一斉に浴びせかけてくる。
「水着ほしい!」 「夏っぽいことがしたいな」 「人間のナツヤスミってやついいよね~」 「夏の夕暮れはノスタルジーと出会いの時間」 「あそぶ! いっぱいあそぶの!」
五匹が五匹全員こう主張するため、私は大いに困らされた。 成人前に『尾崎探偵事務所』を起業し、波に乗せるまで数年。今や指の数では足りないほどの依頼を抱えるようになった。 看板に『探偵』と掲げているが、業務は幅広い。素行調査に浮気調査、占いに復讐代行、ラブレター代筆にエトセトラ。社長兼社員の私一人で仕事として成り立っているのは、五匹をフルで働かせているからだ。 それなのに、五匹全員ストライク? そんなことされては、生活が立ち行かない。
「夏休みがほしくて、水着がほしくて、遊びたいと……」
要するに五匹全員、夏休みを欲している。それもだいぶフィクション寄りの。私が寝てる間にサブスクでアニメだか昔のドラマだかを見たんだろう。悪知恵だけは働くのだ、うちの管狐たちは。
「えー……それじゃあこうしよう。どこかの海に行って泳ぐ!」 「しょっぱいのやだ!」 「わがままめ!」 「水着はミサキの手作りがいいな~」 「暇と技術がないよ! でも善処します!」 「そう言うと思って、布も裁縫道具も注文したよ! ミサキの名前で」 「ほんとに悪知恵が働く子たちなんだから!」 「川縁で足を浸す黒髪ショートボブの美少女こそが本物のノスタルジー」 「何か言ってる子がいるけど」 「裏山にいい場所あるよってこと!」 「もう夏休み作るの確定じゃん!」
話を聞く限り、一日遊べば満足しそうだ。チャイムが鳴り、管狐が勝手に注文した手作り水着キットの到着を告げる。やるしかない。
「……じゃあ水着が完成したら夏休みにするから、それまではきちんと働いてくれる?」 「いいよ!」 「やったね」 「水着だ水着だ~」 「憩いの時間まで存分に力を発揮しよう」 「すいか! すいかもよういしてね!」
それから私は、仕事と水着作りに追われる日々が始まった。
「ミサキ、水着はビキニがいい!」 「ワンピースタイプがいいな」 「競泳水着ってかっこいいよね~」 「スクール水着は永遠の憧れ」 「ふんどし! ふんどしでおよぐの!」 「ひぃん型紙使い回せない!」
左手が義手だというのに、管狐たちは容赦がない。とはいえ、要望を言うだけ言えば義手に潜り込み、左手を失う前と遜色ない動きをサポートしてくれる。サポートしてくれるだけで、裁縫の腕を上げてくれるわけではないけれど。 夜な夜なちくちく針を刺しながらしくしく泣いて水着を縫う私を、義手の中から五匹分の声が応援していた。 苦労とサポートの甲斐あって、夏と呼べる間に水着は完成した。それぞれの小ささと、一匹はふんどしで済むことが幸いした。 指定された遊び場は裏山だ。買っておいたスイカを携え、一人てくてくと山を登る。
「そっちじゃないよ、反対!」 「そこ入ったら危ないよ」 「もう少し登ったら下り坂だよ~」 「目的地まであと僅か」 「みえた! はやくおよごう! はやくはやく!」
観光地でもレジャー地でもない裏山の川は、せいぜい足を浸す程度の小さなものだ。けれど管狐たちにとっては十分な広さと深さらしい。義手から飛び出した管狐たちはすでに水着をまとっており、どぼんと音を立てて川に飛び込んだ。 そのまま楽しく遊ぶのかと思いきや……。
「水着邪魔ぁ!」 「脱いじゃえ脱いじゃえ」 「所詮は人間仕様だよね~」 「全裸こそ至高」 「ふんどしとれたあああ」 「眼精疲労分くらいは着て遊んでほしかったなぁ!」
私の嘆きも無視して、五匹は毛皮一枚となってきゃっきゃと水遊びに励んでいる。その様子だけ見れば、ほのぼの動物動画にならなくもない。 カメラに写らないからなぁ、動画に残せないなぁと残念がりながら、私は持ってきたスイカを川へ浸して冷やした。 川縁に座り、五匹が流されないか、スイカが転がっていかないかを見張る。だらりと動かない義手を膝に起き、利き手で頬杖をつく。 管狐ってわがまま言うんだなぁ。ばあちゃんから正式に受け継いでないからわがまま言われちゃうんだろうか。可愛いわがままだったからいいけれど。 わがまま言って遊んで、多少のストレスは発散できただろうか。明日からまた、私の手となり足となり働いてくれるだろうか。
「……明日は三高さんの依頼をこなそうねぇ」
水を跳ねさせ遊ぶ管狐たちに声をかけると、一匹が小さな首を傾けた。
「明日って、何するんだっけ?」 「せくはらしてくる上司の下半身を真っ二つにするんだよ」 「そこまでは言われてないよ~」
真っ二つにしろとは言われてない。体の一部をちょん切ってくれとは言われてるけど。
「依頼内容間違えちゃだめだよ。帰ったらもう一回確認しようね」 「いっぱい依頼受けて、力つけて、あいつやっつけなきゃだもんね!」 「そうだよ、私の左手とばあちゃんの敵討ちするんだからね」
私の左手とばあちゃんの命を奪った奴の顔を思い浮かべる。そしてほっとする。ああ、よかった。安定した生活で恨みの炎は消えやしない。私の恨みは風化していない。 安堵の笑みを浮かべる私に、管狐たちがまとわりつく。
「いっぱい、いっぱいやり返そうね!」 「ミサキにしたこと、おんなじようにしてやろうね!」 「そうだねぇ。両腕くらいはもぎ取ってやろうね」 「われらがあるじがされたみたいにね、まっぷたつにしてやろうね!」 「倍返しなのだから最低八つ切りにするのが道理」 「計算おかしくなーい?」 「道理でもないんじゃない?」 「そもそも道理なんて、管狐には関係ないよ~」
肩や腕にまとわりつき、管狐たちは如何様にして復讐するかで盛り上がる。 私にもこの五匹にも、まだまだ復讐の力はない。だけどいつか必ず報復するのだと、それだけを糧に生きている。 さてそれにしても、きゃっきゃとはしゃぐこの子たちにどうやって明日の依頼を思い出させよう。今水を差すのは野暮か、野暮でないか。
悩む頭に、川辺の風はひやりと心地よかった。