神様が死んだ。神様は金切り声を上げて落ちてきた。その日からこの世の理は歪んでねじれて壊れてしまった。 空は赤く染まり、木はねじれて育つようになった。ねじれた木は黒い果実をつけた。それは墨のような味で、とても人間が食べられるものではない。しかし動物はそれらを食べ、知恵をつけた。 ペットという概念が消え、畜産という文化は廃れた。僕ら人間は食糧難に陥った。
「我々は神の御使いである! 我々は輪廻を越えた存在である!」
ネズミの群れが、自分たちは神聖なものだと主張する。神様が死んだのに、聖なるものなんかいるものか。 神様が死んだことで、宗教という概念も消えた。動物たちが知恵をつける一方、安寧しか知らなかった僕らの心は荒み、生きることにのみ執着するようになった。
「我は神なるぞ! 我は王なるぞ!」
巨大なハエががなり立てる。森の一角で休んでいた僕らは顔を上げた。隣で木の根をかじっていた友人が、かじりかけの根を吐き出しナイフを構えた。
「見ろよ、蠅の王だ」
虫さえも今の僕らには貴重な食料だ。僕も包丁を構えた。藪からわらわらと人が出てくる。取り分が減るのは悔しいが、大勢でかかったほうが仕留めやすい。 凶器を持った全員が、ハエに向かって飛びかかった。
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やがて食べられる動物を狩り尽くし、僕らは神様が落ちた町に向かった。 神様が落ちてきた当初、様々な宗教団体が死んだ神様の体を守っていた。でも守る団体はもういない。 僕らは虫のごとく群がり、神様に刃を突き立てた。神様の肉は水っぽくて、少しだけ桃の匂いがした。
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神様を食べても飢えは一時的にしか満たされない。 やがて僕らは人を食べるようになった。弱ったものから食べられた。包丁が錆びて使い物にならなくなった僕を見る友人たちの目は、人ではなかった。 僕は逃げた。どうせ死ぬのなら、人間のまま死にたかった。 空腹を抱え、重い足を引きずりながらいつか蝿の王を殺した森へ逃げ込んだ。大木を見つけ、隠れるように横たわる。風がさわさわと葉を揺らした。神様が生きていた頃のような静かさだった。 このまま死ねたらいいのにと願う僕の目に、ぼんやりと淡い光が飛び込んだ。大木の根の間から発せられている。覗き込むと、そこには|靄《もや》が広がっていた。指を入れると、靄が指にまとわりついた。ひやりと冷たい。 くるり指を回せば、靄が渦を巻いた。靄は凝固し、どろどろしたスープになった。 また指を回す。スープの中に生き物が生まれた。 陸地が生まれ、植物が生まれた。 生命が育った。 知らず僕は涙を流していた。僕の涙が根の間に落ち、落ちた涙を見て命たちが右往左往する。
仲間たちの声が聞こえる。迫り来る死までの間、僕は確かに、小さな世界の神となった。