神様は目に見えない。 そう教えられていたけれど、幼い私には神様の姿が見えていた。 誰にも見えない神様はお人形さんみたいに小さくて、白くて長い髭が生えていて、白くてだるだるした服を着ている。神様はいつも、交差点にある祠から出てくる。 たまたま見かけたときに、手を繋いでいる母に教えたことがある。だけど私の説明を聞いた母は、おかしそうに笑った。
「それって仙人じゃない?」
家に帰ってから見せてもらった仙人は、確かに、私が見ている神様とそっくりだった。でもあれは、神様だ。生きとし生けるものを守ってくれる、神様だった。 神様は、私にしか見えていなかった。保育園で同じ年頃の子に訊いて回ったけれど、近所の子でも「見た」とうなずく子はいなかった。 誰にも見えない神様が、私だけに見えている。それを知った幼い私は、四歳にして使命感を持った。その使命とは、神様に感謝を伝えること――即ち、定期的にお供え物を持って行くことだった。 お弁当の小さなおにぎり。おやつにもらったパイン飴。祖母がくれたきなこ餅。祖父がこっそり買ってくれたちっちゃなドーナツ。 ポケットに忍ばせられるもの、走って運んでも落とさないようなものを選んだ。小さな祠へ一直線に走る私を、近所の人たちも微笑ましげに見守ってくれた。 小さな神様も最初こそおっかなびっくりで私を見ていたけれど、日ごと慣れていき、私を見るたびにこりと笑ってくれるようになった。祖父母よりしわくちゃの顔が笑みを浮かべるたび、私は嬉しくて誇らしくて、いつもふふん、と胸を張っていた。 神様は私のお供え物を喜んでくれた。私に笑みを向けてくれた。けれど神様は平等だから、私だけを贔屓するようなことはなかった。
「たくとくんがいじわるだから、やっつけてください」
こんなお願い、もちろん聞き届けてはくれないし。
「明日のえんそく、ブロッコリーぬきで、たまごやきばっかり入れてもらえますように」
こんなお願いも聞いてくれない。
「テストで満点取れますように」 「運動会が雨で中止になりますように」
わがままなお願いを聞いてくれないのはもちろんのこと。
「おじいちゃんも、おばあちゃんも、わたしが大人になるまで死にませんように」 「ぽちことずーっといっしょに散歩できますように」
こんなお願いだって、神様は聞いてくれない。お供え物を豪華にしたって、神様は決して私を贔屓しなかった。それがとても悲しかったり、腹立たしかったり、残念に思うこともあった。だからといって私は、神様にお供えするのをやめたりはしなかった。 そのうち私は成長して、高校を卒業する頃にはもう、神様の姿が見えなくなった。それでも、私は神様へのお供え物をやめなかった。 成人して、結婚して、子供が生まれて、神様の祠が遠くなっても、私は足繁く通い、もう見えない神様にお菓子を供えた。子供が大きくなってからは、子供も連れて祠を参った。 私と一緒に手を合わせていた子供が、顔を上げるなり「ねえ」と私の袖を引いた。
「おやちゅ、だれにおそなえしてるの?」 「神様よ」 「あの、ちったいひと?」
子供が指さす方向に、私が何かを視ることはない。けれどどうやら、神様は変わらない姿で祠にいるらしい。 生きとし生けるもののために忙しそうに走り回る神様を想像し、私は「そうよ」と微笑んだ。