俺の名はジャック。ところできみは死神がどんな顔か知ってるかい? 骸骨。痩せこけた老人。男とも女ともつかない美しい顔。うーん、どれも違うな。死神は、猫の顔をしてるんだ。毎日大鎌を持った死神に追い回される俺が言うのだから、間違いない。 俺が死神に毎日追い回されていることは、村中の誰もが知っている。だが誰も助けてくれやしない。助けを求めたことはあるさ。家族に友人、知人に教会の神父様! しかし誰も彼もダメだった。この村の奴らときたら、全員〝猫派〟なんだもの。俺の代わりに死神の前へ躍り出たはいいものの、全員の遺言もしくは最期の言葉は漏れなく「猫ちゃん万歳!」だ。誰も死神を止めることはできなかった。 今日も俺は、首から上が猫の死神に追い回されている。黒いローブをはためかせ、緑の瞳をらんらんと輝かせ、死神は俺だけを見つめ追い回す。今までの俺はただ怯え、逃げ惑うだけだった。しかしそれも今日までだ。どうしてかって? 隣の家のマリーがこう言ったのさ。
「ジャック。あなたがもし死神に追い回されなくなったなら、あたし、あなたと結婚してもいいわ」
マリーの器量は村中の誰もが知っている。マリーを嫁にもらえたらって、村の男はみんな思ってる。そのマリーが、俺の嫁に来てくれると言った。勇気も出るってもんだろう? 俺は逃げる足を止め、死神を振り向いた。
「やい、死神! どうしていつも俺だけを執拗に追い回すんだ?」
俺が立ち止まったことで、死神も止まった。大鎌を両手で持って、緑の目で、きょとんと俺を見つめる。猫の笑顔なのだろうか、死神は顔をくしゃりと歪ませ答えた。
「生きがいいからにゃあ、ジャックは」
無邪気な口調と答えに、俺は頭が痛くなった。
「死神は魂を集めるのが仕事だろ? 俺ばかりにかまけてていいのか? 一日に何人とか、決まってるんじゃないのか?」 「ノルマにゃんてあるわけにゃいだろ。俺は猫にゃんだから」
ふふん、と得意げな猫頭の死神に、俺は震える指を突きつけた。
「じゃあ……じゃあ、何年も何年も俺を追い回したのは、何かそういう決まりがあったわけじゃなく、単に俺が、生きのいい獲物だからか?」 「うん!」
大きくうなずいた死神のローブを掴み、俺は地下へ降りた。 地下は鼠の楽園。未だ何者にも脅かされていない、鼠たち最後の天国だ。天敵の存在を忘れた鼠たちは、のんびり暮らすうちにまるまる肥え太っていた。俺たちに気づきもしない鼠たちの姿を、俺は猫頭の死神に見せつけた。
「見ろ、この鼠たちの姿を! お前が俺ばかりにかまけるから、鼠はこんな堕落した生活を送ってるんだ!」 「俺のせいかにゃあ?」
首を傾げる死神は、だらだら歩く鼠の腹を、鎌の先でちょいとつついた。俺たちに気づかなかった鼠が、眠たげな目を上に向けた。俺と死神――主に死神の顔を見つめ、鼠は歩みを止めた。 小さくつぶらな瞳が、こぼれそうなほど見開かれる。 ひくひくと髭が動く。 ぴくぴくと薄い唇が動く。 ひゅっ、と鼠が息を吸い込んだ。
「ね、猫だぁ!」
地下のあちこちにいた鼠が、動きを止めて俺たちを見た。俺は顔をよく見せてやるために、死神が被るフードを払いのけてやった。 数秒の沈黙の後、あちこちから長い長い悲鳴が上がった。 死神の瞳孔が、大きく、丸く開いていく。愛らしい丸みの口から、カカカッ、と獲物を見つけ喜ぶ声が漏れる。 死神は大鎌を振り上げ、鼠たちの群れに突っ込んでいった。鼠たちの楽園は、俺のせいで阿鼻叫喚の地獄へ様変わりしてしまった。だが俺は後悔なんてしない。俺に目もくれなくなった死神と逃げ惑う鼠たちを横目に、悠々と地上へ戻った。 地上へ戻って一番、マリーへ会いに行く。マリーは家のそばの井戸で水汲みをしていた。
「マリー。もう死神は俺を追い回したりしないよ」 「あら、ほんと? 確かに、後ろに死神がいないわね。じゃああたし、あなたと結婚するわ」
かくして俺は安寧と妻を手に入れ、死神は俺よりも生きのいい獲物を見つけ、鼠たちは本来の生活を思い出した。これで万事収まるべき場所へ収まった。 毎晩猫が鼠を追い回す賑やかな足音を聞き、俺は疲れも忘れ、安らかな気持ちでベッドに沈んだ。